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2021.08.18
特許翻訳
特許翻訳の落とし穴 エピソード1~「滑子はキノコか?」事件
1. Nicht in die Falle der Patentübersetzung tappen !
会長ブログとしては、ほぼ1年ぶりの執筆となりますが、今回はタイトルも『特許翻訳の落とし穴』と改め、私がこれまで体験したドイツ語特許翻訳の落とし穴にまつわる様々なエピソードを数回に分けてご紹介して参りたいと思います。皆さまが同様の落とし穴に落っこちぬよう警鐘を鳴らす、という意味でもお役に立てれば幸いです。
2. 「滑子はキノコか?」事件
特になりたいと思ってなったわけではないのですが、元来無精なので流れに身を委ねて生きていたら、ドイツ語特許翻訳者になってもうかれこれ36年ほど経ちました。その間、それはそれは多くの失敗や壁にぶつかってきました。その中から、今回はエピソード1としてちょっとスベった事件からご紹介しましょう。
3. 自動綾巻きワインダのKulissestein
その昔、精紡機の自動綾巻きワインダ(Kreuzspulautomaten)に関わる出願を翻訳する機会が多くありました。紡績技術は古くから日本に存在するので、「綾巻き」(Kreuzwicklung)やら「綾振り」(Changierung)やら、日本古来のレトロな表現が多く、翻訳には神経を使います。その中で「Kulissestein」という部材が出てきました。これは、長孔状の案内(Kulisse)内を滑動するブロック状のスライダですが、私は、紡績技術のレトロな雰囲気に合わせてこれを「滑子」(かっし、すべりご)という日本語に翻訳しました。「螺子」(ねじ)や「梃子」(てこ)や「入れ子」(いれこ)などと同様のレトロな「~子」シリーズですね。実際に世の中に公開されている特許明細書中に「滑子」や「滑子案内」という用語を時々見かけていましたので、私も代理人の担当弁理士さんも特に何の抵抗もなくこの用語を使用しました。
4. 衝撃の拒絶理由!
ところが驚くべきことに、審査請求してみると、この用語が不明りょうだと指摘されたのです(36条第6項第2号)。その理由は『広辞苑第6版によると、「滑子」という語は「担子菌類の食用きのこ。主に冬、朽木に叢生し、黄褐色。湿ると著しく粘る。食用として栽培もされ、缶詰などにもされる。エノキタケ・ナメスギタケ ・ヌメリスギタケなど。」を意味する。そこで、請求項の「滑子」との記載を「担子菌類の食用きのこ」との意味に解すると、発明の技術的内容が理解し得ない。』という衝撃的なものでした。最初は何を言っているのか意味が分からなかったのですが、徐々に納得しました。「はぁ? もしかして滑子をナメコと読んだわけ!?・・・」 綾巻きワインダの機械装置の中に「ナメコ」・・・・??
5. 滑子の正体は?
これは何かの冗談か、からかわれているのかとも思いましたが、たしかに広辞苑には「滑子」は「なめこ」と定義されています。しかし、私はすっかり「すべりご」と思い込んでいましたので、茸と解釈されたのは青天の霹靂でした。翻訳の問題なので担当弁理士さんと協議し、審査官に対しては、「スライダ」の日本語名が「滑り子(すべり子)」である旨が記載されている機械用語辞典を参考資料として添付した上で、請求項に記載の「滑子」は残念ながら食卓の友の「ナメコ」を意味するのではなく、機械要素の「すべり子」、つまり「スライダ」を意味するものです、という趣旨の意見書を提出してもらいました。
おかげでナメコ疑惑は無事に解消し、事なきを得ましたが、これがトラウマとなり、以降、味噌汁の中に「ナメコ」を見つけるたびに「滑子」を思い出す羽目になりました。翻訳は怖いですね~!
Fortsetzung folgt
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