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2021.09.15

特許翻訳

特許翻訳の落とし穴  エピソード5~「ノルウェーの森」か「ノルウェーの木材」か?


1. Nicht in die Falle der Patentübersetzung tappen !

今回ご紹介するエピソード5では、特許翻訳とは対極にあると云える、映画や楽曲などの邦題を感性やセンスで訳出する超絶訳への憧れについて考えてみたいと思います。

2.「ノルウェーの森」か「ノルウェーの木材」か?

超絶訳への憧れ 

エピソード3エピソードで扱った問題を考えてみると、特許翻訳者はいかに権利範囲の乖離を生むことなくソース言語の明細書を忠実に翻訳できるか、という究極の一点にこだわって仕事していることを改めて思い知らされます。なんと言っても言語によって権利範囲が括られる特許という特殊な権利の性質上、主語や目的語の明示などで雁字搦め(がんじがらめ)の翻訳スタイルになるのは仕方のないことかもしれませんが、正確無比の「ローコンテクスト文化風の日本語」は、味気も洒落気もエモさもありません。ローカライズはもちろんのこと、映画や音楽の邦題のように原文を超越したような超絶訳を当てることも御法度です。この徹底したスタンスは他の分野の翻訳にはあまり見受けられません。邦題の決定は翻訳作業の凝縮とも言われるように、もしかしたら翻訳という作業の究極の到達点なのかもしれません。長いこと特許翻訳者をやっていると、たまにはこうした超絶訳に挑んでみたくなる衝動にかられませんか?

3. Norwegian Wood♪は「ノルウェーの森」か「ノルウェーの木材」か?

そこへいくと洋楽などの邦題の翻訳は、特許翻訳では考えられない自由度があるようです。たとえばビートルズの楽曲を見てみると、「抱きしめたい」という邦題の曲がありますが、これのオリジナル英語タイトルは「I Want To Hold Your Hand」です。これを直訳すれば「私はあなたの手を握りたい」となるので、決して「あなたを抱きしめたい」とまでは言っていません。もしこれが特許翻訳だったとしたら、明らかに権利範囲を狭める減縮に相当するのではないでしょうか。ちなみにドイツ語版では「Komm, Gib Mir Deine Hand」(来て、私にあなたの手を差し出して)です。

また、ビートルズには「Norwegian Wood」という楽曲があり、邦題は「ノルウェーの森」となっています。特許翻訳者であれば、これを「ノルウェーの」と訳すことはあり得ません。「Forest」ではなく「Wood」ですからね、「森」ではなく「木材」でしょう。「ノルウェーの森」という邦題の翻訳については諸説論争があるようですが、もしもこれを特許翻訳者が翻訳したのであったら、きちんと「ノルウェーの木材」と訳したはずです。これが特許翻訳者の性(さが)でしょう。

4.「ノルウェーの森」と「ノルウェイの森」

少し脱線しますが、村上春樹の有名な著書に「ノルウェイの森」という作品がありますね。英国で出版されたこの本の英語版タイトルを見ると、「Norwegian Wood」となっており、やはりこれはビートルズの楽曲「Norwegian Wood」(ノルウェーの森)に由来するものだと分かります。「ノルウェー」がなぜ「ノルウェイ」に化けたのかは定かではありませんが、村上春樹自身は作家であると同時に翻訳家でもあるので、この「Norwegian Wood」の翻訳問題の論争については十分に承知していたはずで、その上であえて本の題名に採用したのでしょう。

ついでに英語以外の外国語版について調べてみましたが、面白いのはドイツ語版のタイトルで、こちらはなんと「Naokos Lächeln」(直子の微笑)になっており、森はおろかノルウェイさえ出てきません。イタリア語版の「トーキョー・ブルース」(何のこっちゃ?)よりはマシかも知れませんが、いずれにせよ我々特許翻訳者から見ると、こういったウルトラ超絶訳は、一度は手を染めてみたくなる禁断の翻訳なのかもしれませんね。

5. Norwegian Forest Cat

最後に、しつこくもうひとつ。ネコ好きの方ならご存知かと思いますが、「Norwegian Forest Cat」(Norwegische Waldkatze)という有名なネコの品種があるそうです。日本では「ノルウェージャンフォレストキャット」と呼ばれているそうですが、これこそは、特許翻訳者であっても翻訳すればまさに「ノルウェーの森のネコ」となりますね!

6. 愚直なまでのダサさと潔さ

今回は話があちこちに飛んで、何だかワケが分からない展開になってしまいましたが、ようは、特許翻訳者であれば「Norwegian Wood」に「ノルウェーの森」などとエモい訳を付けようとせず、どんなにダサくてもきちんと「ノルウェーの木材」と訳し切る、その愚直なまでのダサさと潔さが求められるのではないでしょうか。

Liäbs Gruessli

 

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