スイスドイツ語講座その15:ドイツで使用しないスイスだけの動詞

 

過去の記事では標準ドイツ語とスイスドイツ語の差異を幾度となくご紹介させていただきましたが、それらは何れも歴史的背景や文化の違いで語源が異なる名詞でしたよね?

「もの」や「名前」は捉え方や発想ひとつで表現や言い回しが変わってくることから、言語間でこういった差異が生じるのも無理はありません。

しかし、決まった動作を表す動詞や特定の状態を指す形容詞に関しては認識のズレが発生しにくいので、言葉にも違いは出ないと考えるのが自然です。

それはドイツとオーストリアのドイツ語に当てはまるものの、スイスドイツ語はやはりそこまで単純ではありません。

この点についてはスイス人である私自身も首を傾げることが多いのですが、動詞においてもなんと標準ドイツ語とスイスドイツ語にかなりの差が存在し、中には同じドイツ語でありながらもドイツ人がそれを理解できないケースまであります。

したがって、今回はドイツでは使用しないスイスだけの動詞についてのお話をさせていただきます。

 

 ドイツとスイスで語尾だけが異なる動詞

 

まず、ドイツとスイスで違う動詞について最初に言及しておきたいのは語幹が同一で語尾だけ異なるパターンです。

代表的なものを挙げますと「駐車する」がそれに当たります。

「駐車する」は標準ドイツ語で「パーケン」(parken)と言う一方、スイスドイツ語では「パーキーエレン」(parkieren)と表現するのです。

ローマ字表記を確認すると分かりやすいと思いますが、どちらも語幹の「park-」が同じで、語尾だけが「-en」(エン)から「-ieren」(イーレン)に変化しています。

標準ドイツ語では「machen」(=する)「schlafen」(=寝る)のように大半の動詞に「-en」が定番の語尾として付き、「spazieren」(=散歩する)または「diskutieren」(=議論する)などで「-ieren」もまた頻繁に登場する語尾のひとつです。

したがって、「-ieren」は決してスイスドイツ語特有の語尾ではありません。

また、発音には多少の違いがあるものの、今ご紹介した全ての動詞は標準ドイツ語とスイスドイツ語で完全に一致していて、語幹・語尾ともに差異が一切ないのです。

つまり、他では誤差ひとつないのに、「駐車する」の動詞となると何故か語尾が変わるという事態が起きています。

しかも、これは「駐車する」に限ったことではなく、「バーベキューする」においても同様な現象が見受けられます。

標準ドイツ語には「バーベキュー」を動詞化した「グリレン」(grillen)という言葉が存在し、そのスイスドイツ語バージョンが「グリリーレン」(grillieren)なのです。

ここでも「-en」から「-ieren」への変化が確認できるのですが、どうしてそうなったのかについてははっきり言って不明です。

また、このレベルの差なら相手にもちゃんと伝わるので結局どちらでもいいのではと考えてしまう人が出てきておかしくありません。

しかし、この問題に関してはドイツのみならず、スイスもかなり敏感で、学校の授業でそれぞれの国の正しい表現を使用しないと先生に訂正されるほどです。

同様に、ドイツ人に対して「パーキーエレン」や「グリリーレン」と言ったら、相手はすぐに違和感を抱いて、「それ間違っているよ」との指摘を受けますので、注意する必要があります。

 

 

 同じ動作に別の単語を当てている動詞

 

続いて、標準ドイツ語とスイスドイツ語とで異なる動詞の種類として忘れてはいけないのが、同じ動作に対してそもそも違う単語を使用しているケースです。

具体的な例を申し上げると「アイロン掛けする」「引っ越す」などがそれに該当します。

前者の「アイロン掛けする」は標準ドイツ語で「ビューゲルン」(bügeln)である一方、スイスドイツ語においては「グレッテン」(glättenという全く別の言葉で表すのが現状です。

もちろん、どちらの表現もアイロンを用いて衣類のしわを取ることを指しますので、意味そのものに差異はございません。

ただし、スイスドイツ語の「グレッテン」は広義に「平滑にする」「ぺったんこにする」といった意味合いも含まれるため、アイロン掛けに限定されていません。

したがって、標準ドイツ語はアイロンの普及に伴って、新しく作った単語であるのに対して、スイスドイツ語の方はもともと似たような意味を持つ言葉を流用したことによってできたと思われます。

また、後者の「引っ越す」については標準ドイツ語で「ウムツィーエン」(umziehen)と言い、スイスドイツ語ではそれと似ても似つかない「ツューゲルン」(zügelnが当てられているのです。

こちらの違いが生じた経緯は分かりませんが、同音異義語であることが原因ではないかと推測されます。

というのも、標準ドイツ語の「ウムツィーエン」は「引っ越す」以外にも「着替える」を意味する動詞であることから、引っ越しすることを表す語としてしっくり来ないと思われたのかもしれません。

しかし、スイスドイツ語の「ツューゲルン」もまた「制御する」というもうひとつの意味を有する同音異義語であるため、理由としては少し不自然です。

したがって、詳細は不明のままですが、同じ動作にそれぞれの言語で言い方が大きく異なる場合もあることに気を付けなくてはなりません。

特に、「引っ越す」に関しては、標準ドイツ語の分離動詞がスイスドイツ語では前綴りのない単純な動詞に変化するので言葉だけでなく、文法上の扱いも変わります。

 

 

 スイスドイツ語にしか存在しない動詞

 

これまではドイツとスイスで微妙に違っていたり、表現が変わったりする動詞を中心にご紹介いたしましたが、そもそもスイスドイツ語にしか存在せず、標準ドイツ語にはない動詞があることにも注目しなくてはなりません。

一般的には標準ドイツ語で新たな言葉が辞書に登録されるとスイスドイツ語にも広がることから、前者が基本形で、後者がその変異体みたいなものと見なす人が多いようです。

しかし、両者はそれぞれ独立した言語で、発展の仕方もまた同じでないため、逆にスイスドイツ語で新しい表現が生まれ、それが後に標準ドイツ語に取り入れられるケースもあります。

そして、中には需要が低い、または使用範囲が限定的であるとの理由からドイツ語圏全域に普及せず、最終的にスイスドイツ語のみに留まるものも出てくるのです。

例えば、投票などで「多数を決める」を意味する「アウスメーレン」(ausmehren)という動詞がそれに該当します。

国・州・地自体で投票が頻繁に行われるスイスでは賛成や反対多数を決めることがほぼ日常になっているが故に、専用の動詞を作ってしまうのも納得ですが、他のドイツ語圏ではそれを使う場面が比較的少ないので標準ドイツ語には導入されませんでした。

また、日が暮れて夜になる様を表す「アインナハテン」(einnachten)と、言ったことに対する責任を取らすことを指す「ベハフテン」(behaften)に関しても同様で、ドイツならびにオーストリアにはない、スイスでしか使われない動詞です。

さらに、ルールを無視したり、責任を放棄したりすることをフランス語で「フートル」(foutre)と言い、スイスドイツ語のみそれをドイツ語化した動詞「フティーレン」(foutieren)を用います。

それ以外にも公共の場で宣伝しながら歩き回ることを「ヴァイベルン」(weibeln)、交差点で右折や左折時に専用車線に入って待つことを「アインシュプーレン」(einspuren)と表現する動詞があり、他のドイツ語圏でも需要はありそうなのですが、それらの使用は何故かスイスに限定されています。

 

 

今回はドイツとスイスの動詞に着目して様々なパターンの違いを挙げさせていただきましたが、想像していたよりも差異があることに気付かされましたよね?

同じ言葉でも部分的に異なったり、言い回しそのものが変わったり、スイスドイツ語にはあるけど標準ドイツ語には存在しないなど、ネイティブなドイツ語スピーカーでさえ驚くほど両言語にはズレがあります。

特にドイツ人がスイスを訪れた際には、それらを耳にするシチュエーションが度々あって、「ドイツ語なのに言葉の意味が分からない!」という経験をすることも少なくありません。

したがって、ドイツ語ができるからと言って安易な気持ちでスイスドイツ語に挑戦してみようとすると、意外と早く壁にぶつかってしまうことから、それなりの覚悟を要します。

逆に、それぞれの違いが興味深くてどこか面白さを感じられると思って取り掛かった方が挫折せずに成長できますので、皆様もそのような気持ちでスイスドイツ語にチャレンジすることをお勧めします。

では

Bis zum nöchschte mal!

Birewegge

 

今回の対訳用語集

日本語 標準ドイツ語 スイスドイツ語
駐車する parken

(パーケン)

parkiere

(パルキエレ)

バーベキューする grillen

(グリレン)

grilliere

(グリリエレ)

アイロン掛けする bügeln

(ビューゲルン)

glätte

(グレッテ)

引っ越す umziehen

(ウムツィーエン)

zügle

(ツュグレ)

多数を決める die Mehrheit bestimmen

(ディー・メアハイト・ベシュティンメン)

uusmehre

(ウースメーレ)

夜になる Nacht werden

(ナハト・ヴェアデン)

iinachte

(イーナフテ)

言ったことに対して責任を取らせる für etwas Gesagtes verantwortlich machen

(フュア・エトヴァス・ゲサークテス・フェアアントヴォアトリッヒ・マッヘン)

behafte

(ベハフテ)

責任を放棄する sich um etwas nicht kümmern

(スィッヒ・ウム・エトヴァス・ニヒト・キュンメルン)

foutiere

(フティエレ)

宣伝しながら歩き回る werbend umhergehen

(ヴェアベント・ウムヘアーゲーエン)

weible

(ヴァイブレ)

右折・左折車線に入って待つ auf die Abbiegefahrspur wechseln

(ファーシュプアー・ヴェクセルン)

iischpuure

(イーシュプーレ)

 

スイスドイツ語講座その14:地名の呼び方

 

皆様は地名の呼び方を間違えたという経験をされたことはございますか?

日本で生活していれば、呼び方以前に地名の読み方が分からず困ってしまうことが多々あると思います。

特に北海道では当て字が使用されている地名の割合が多く、既に知っている名前でなければ正しく読むことがほぼ不可能ですが、比較的簡単な文字しか使わない「三田」であっても「ミタ」なのか「サンダ」なのか見分けが付きません。

さらに、私自身は沖縄県にある慶良間諸島国立公園にある阿嘉島の北浜ビーチを、実は「ニシハマビーチ」と読むことを知った際には、ただただ大きなはてなマークが脳みそを埋め尽くしました。

音読みと訓読みが混同していたり、当て字が用いられていたりする場合でも何らかの関係性が見出せますが、「北」という方角を「西」に変えられたら流石に理解に苦しみます。

とはいえ、よくよく考えればスイスの地名に関しても文字通りの読み方をしないケースは、意外と頻繁に見受けられるので、スイス人が日本の地名をとやかく言う筋合いはありません。

そこで、今回はそんな少し理不尽でありながらも日常で度々目にする地名の呼び方問題についてのお話をさせていただきたいと思います。

  ⇒続き

スイスドイツ語講座その12:食べ物(前編)

 

過去に、ビールを注文する際にスイスとドイツで言い方が異なることに言及しましたが、これまでのスイスドイツ語講座をご愛読なさっている方であれば、飲み物にだけでなく、様々な分野において同様なケースが存在することにお気付きになっているかと思います。

もちろん、相手との意思疎通が可能であれば、細かい違いに困ることは基本的になく、自分が求めたものと全く別の品が出てくるのは非常に稀です。

しかし、スーパーなどでは必ずしも言葉が通じる相手がいるとは限らず、パッケージの記載や標識等のみを頼りにするしかありません。

つまり、コミュニケーションがそもそもできない場面では、結局、自分が欲しいものを諦めてしまうか、内容を把握していないまま直観に基づいて選択を行うことになります。

そのような出来事で未知との遭遇を体験するのも海外旅行の楽しみのひとつであるとの考え方がありますが、分からないものには一切手を出さないという慎重派であれば、時と場合によっては行動しにくくなってしまいます。

特に食事は取らない訳にはいきませんので、一定の知識を身に付けておいた方が断然得です。

したがって、今回はスイスでの腹ごしらえに困らないためにも、スイスドイツ語における食べ物の言い回しについて色々とご紹介させていただきます。

⇒続き

スイスドイツ語講座その11:体の部位

 

皆様は外国語を学ぶ際に体の部位を覚えることをどれほど重視しますか?

これは私の勝手な推測ですが、外国語をしっかり学習するにあたっては体のパーツも避けられない一方、観光目的などのために簡単な会話のみを身に付ける時は意外と不要に感じている人も少なくはないのではないでしょうか?

確かに、旅行では「〇〇はどこですか?」などのお決まりフレーズを集中的に習得しておけば、大したトラブルに遭うことはありません。

しかし、思いも寄らない事態でいきなり救急車を呼んだり、病院を訪れたりすることになったのに、「頭を打ちました」も言えないと何かと困ります。

また、異常がなくても、「顔色がよくない」といった体の部位が含まれる簡単な日常会話も成立しませんし、衛生用品の購入に際してどの商品がどの部位のためのものかの区別すら付きません。

したがって、今回のスイスドイツ語講座では案外甘く見られているけど、知っておくと様々な場面で非常に役に立つ体の部位の表現についてのお話をします。

 

⇒続き

Billet, Formation, Dienstzug スイスドイツ語講座その10:鉄道に関する言葉

 

スイスを訪れる際、皆様はスイス国内をどのような手段で移動していますか?

パックツアーであれば事前に手配されていて、ご自身で交通手段を考えることは基本的にありませんが、個人旅行に関してはレンタカーや電車が主な選択肢になると思います。

とはいえ、ユングフラウヨッホやツェルマットなどは自動車で行くことができませんので、何れにしても鉄道を利用することになるでしょう。

そういった理由から、スイスのほぼ全土に列車を走らせているスイス連邦鉄道ことSBB社は多言語で対応しており、利用客に可能な限りの快適性を提供することに努めていることから、大抵の観光客は不便なくスイスで列車の旅を楽しむことができます。

皆様の中で実際にスイスの列車に乗ったことがある方もそれを実感できたのではないでしょうか?

しかし、ドイツ語圏の利用客からはアナウンスの内容や列車の車掌の言葉が分からないこともあるとの意見も出ているようです。

ドイツ人であれば共通言語であるドイツ語で鉄道職員と困ることなくコミュニケーションを取れますが、アナウンス等では普段聞かない表現や用語が使用されるため、その内容が理解できないことも少なくありません。

つまり、鉄道に関してもスイスと他のドイツ語圏で言い方が異なり、同じドイツ語でも「こんなに違うの?」と、驚くほどです。

したがって、今回はそんなスイスの列車を利用する上で耳にする可能性が高い鉄道に関する言葉をご紹介いたします。

  ⇒続き

アンバサダーの町と呼ばれる都市ソロトゥルン

 

過去に何度かにわたってスイスの名所を採り上げてきましたが、それらは何れもスイスを代表する都市であったことから、皆様も今更新しい話でもないと感じていたことでしょう。
しかし、いきなり観光ガイドにも掲載されていないような秘境から攻めていくと、逆にマニアックすぎると思われることを恐れたため、ある程度メジャーなものから始めてマイナーなものへと進もうと考えた次第です。

数えたところ、名所に関する記事は今回でかれこれ10回目となりますので、そろそろ著名でない場所に触れてもいい頃だと感じました。したがって、今回は個人的にとても好きで、スイスの穴場として是非皆様にも知っていただきたいソロトゥルン州(Kanton Solothurn)の州都であるソロトゥルン市をご紹介いたします。

  ⇒続き

Frohi Wiänachte und es guets neus! スイスドイツ語講座その9:年末年始の挨拶

また年末が近づいて参りましたが、皆様はどのような一年をお過ごしになられましたか?もう終わりなのかと思う人もいれば、ここまで来るのが長かったなと感じる方もいるでしょうが、大半は年賀状や大掃除などこれからが大変という悩みを抱えているのではないでしょうか?これは日本だけではなく、スイスにおいても同様です。年末は年度末ということもあって、会社がラストスパートに入りますし、クリスマス飾りやツリーの購入、クッキー作り、さらに大切な人に配るプレゼントなどプライベートでも何かとやることが多い時期です。しかも、そんな中で身の回りの人や一年間お世話になった人に加え、長い間連絡を取らなかった方々にクリスマスカードやメッセージをしたためたり、直接お会いして心温まる年末年始の挨拶までしなくてはなりません。とはいえ、スイスではこの場合、どのような挨拶をするかご存知ですか?そんなシチュエーションに備えて、今回はこの季節にピッタリなスイスドイツ語バージョンの年末年始の挨拶をご紹介することにします。

 

  ⇒続き

スイスの国民的料理「レーシュティ」

すっかり食欲の秋になって参りましたね。とはいえ、歳を重ねる度に新陳代謝が悪くなっていくせいか私にとって秋は体重の増加が少々気になる季節でもあります。
特にその後の年末年始も何かと御馳走が多い時期であるため、最近は未然防止が肝心だと気付き、食べ過ぎないように注意しています。しかし、何を食べても美味しい日本に住んでいる以上、そういった計画もなかなか思うように実行できないのが悩ましいところです。それに対して皆様は食生活と健康維持のバランスを上手く取っておられると考えますので、今回は食欲の秋に相応しい、スイスの国民的料理とも呼ばれている「レーシュティ」(Röschti)をご紹介いたします。

  ⇒続き

Schtange, Chübel, Schtifel  スイスドイツ語講座その8:ビールに関する用語

皆様は「ビールといえばドイツ」というイメージを持っていませんか?

ドイツは数えきれないほどビールの種類が多く、一生かけてもその全てを飲むことは不可能だと言われているほどですので、そのようなイメージが根付くのは無理もありません。しかし、ドイツに足を運んでビールを飲む際に問題なく注文ができる自信はありますか?というのも、種類の多さ故、ドイツのお店でビールを飲みたい時、もちろん単に「ビール」と言うだけでは自分が希望したものを得られないので、注文の際にはドイツならではの様々な用語や表現を使う必要があるのです。

例えば日本では「生」という魔法の合言葉を使わないと、店員さんから「○○ですか?それとも○○ですか?」などと聞かれ、注文がスムーズに行かないという経験をすることも少なくありません。

ドイツやスイスにおいてもお決まりの用語を言わなければ似たような目に遭うことが度々ありますので、今回は皆様が注文時に困ることがないよう、ビールに関するスイスドイツ語をご紹介したいと思います。

 

 

⇒続き