スイスの徴兵制度

スイスが「永世中立国」であることは広く知られていますが、そんなスイスが軍隊を持っており、徴兵制度まで存在することをご存知でしょうか?永世中立国が戦争を放棄しながら、密かに戦闘の準備を行っていることは矛盾しているのではないかと思われがちですので、今回はそういった素朴な疑問を解消するためにスイスの軍隊および徴兵制度についていろいろとご説明させていただきたいと存じます。

 「平和」のためのスイス軍隊

 

永世中立国であるスイスが軍隊を保有し、軍事活動を行う目的はそもそも戦闘ではなく、国防や災害支援などといった人々の安全や平和な暮らしを守るためなのです。スイス軍隊には大きく分けて3つの任務があります:

  • 国土の防衛および国民の防護
  • 公官庁や自治体の支援
  • 平和推進活動

また、3つ目に挙げられた平和推進活動は国際規模で実施され、国外派兵も含みますが、永世中立国として他国での武力行使が許されないことから、兵站部隊や衛生部隊などの非戦闘部隊のみの派兵を行っています。したがって、スイス軍隊は日本の自衛隊などと同様に、その存在自体が他国に対する抑止力となり、戦争時における国防を除けば戦闘以外の活動、いわば平和のために貢献することが主な業務と言えます。

「平和を推進する。私たちの任務」のスイス軍隊ポスター
「平和を推進する。私たちの任務」のスイス軍隊ポスター

徴兵制度の対象者は男性だけではない?

 

「徴兵制」という言葉を聞くと「国民全員が軍人になるの?」と考えてしまう人もいるでしょうが、実は多くの国と同様にスイスでもその対象となっているのは男性のみなのです。

女性に関しては志願制となっており、「女性でも国のために貢献したい」と思う人は誰でも軍人になれます。その場合は駐屯地内でも宿泊所は男女別になっており、女性としての権利は守られますが、軍人としての扱いや処遇に関しては一切手加減されません。

髪の毛が長いから男性よりもシャワーとドライヤーに掛かる時間を増やしてほしいなどのような甘い考えは当然通用しません。

したがって、軽い気持ちで軍隊に入ることを志願したものの、自らの決断を後悔する女性もいます。兵役の訓練は時に厳しい内容になっていますので、男性も苦痛と感じることは多々あります。

 

徴募

 

徴兵制度が存在する多くの国では20歳前後の若者を一定の期間にわたって軍人として勤務するのが一般的ですが、スイスでは19歳になる歳に徴募が行われ、運動神経の評価、精神科医によるカウンセリング、およびメディカルチェックの結果を基に兵科および勤務開始日が決まります。

ただし、運動神経が高い人や特定の職場に勤めている人である場合、ある程度の希望も受け入れられ、所属する部隊を選択することもできます。

逆にメディカルチェックやカウンセリングで何らかの問題があると見なされる場合や個人的な理由で軍人になることに対する強い抵抗を持っている場合は、兵役の代わりに災害時ならびに非常事態における民間人の保護もしくは介護など社会に貢献する活動といった兵役代替役務を選択することも可能です。

中には身体的にいずれの活動を行うことも難しいと判断されることがありますが、そういった人物は兵役対償として収入の3%を最長11年間請求されることになります。

 

兵役は数年に分けて行う

 

徴兵の際に兵役が決定した人物に関しては、その凡そ1年後にいよいよ出陣命令であるマルシュベフェール(Marschbefehl)が自宅に届き、レクルーテンシューレ(Rekrutenschule)と呼ばれる新兵学校に入り、4カ月間にわたって基本的な訓練や所属する兵科の専門的な訓練を受けます。

とはいえ、スイスの場合はこれで終わりではないのです。その後も毎年出陣命令が届き、ヴィーダーホールングスクルス(Wiederholungskurs)と呼ばれる 3週間の復習訓練を受けなければなりません。

その訓練を毎年繰り返し、定められた日数を達成すれば兵役から解放されることになりますが、日数は位によって大きく異なります。一般の兵士、即ち二等兵を指すソルダート(Soldat)であれば合計260日ですので、レクルーテンシューレの約130日とヴィーダーホールングスクルスを7回受ければその日数に達しますが、少尉に相当するロイトナント(Leutnant)になれば達成までの勤務日数が400日で、大尉に相当するハウプトマン(Hauptmann)ともなればなんと1000日です!

郵送で届いたマルシュベフェールの例
郵送で届いたマルシュベフェールの例

 

兵役はボランティア活動ではない

 

世間では兵役を「祖国へのご奉仕」と認識している人もいますが、軍隊が単なる素人の集まりにならず、隊員の士気を高めるためにも給与が支給され、無償のボランティア活動ではありません。

軍隊では給与をソルト(Sold)と称し、その金額はソルダートであれば1勤務日に付き5スイスフランで、日本円に例えると僅か500円程度にすぎません。

ただし、この金額の低さの理由は兵役の給与制度を定めた当初から一度も変更されずに受け継がれてきたことにあります。

したがって、我々の祖父が兵役に行っていた時代では大金だったのですが、第2次世界大戦後はその金額が労働者の平均的な収入に満たないと判断されたため、日本でいう年金機構に該当する機関から社会保障の一環として別途の手当てが支給されます。その手当の金額は無職であれば1勤務日に付き62スイスフラン、会社員等は月収に応じての金額が支払われます。

さて、今回はスイスの軍隊や徴兵制度に関する一般的な内容をいくつかご説明させていただきましたが、それはほんの一部に過ぎませんので、今後またこのような機会があれば軍隊や兵役に関連するその他の話題も紹介させていただければと思いますので次回を楽しみにしていただければ幸いです。それでは!

Bis zum nöchschte mal!

Birewegge


今回の対訳用語集

 

日本語 標準ドイツ語 スイスドイツ語
徴兵制度 Wehrpflicht

(ヴェアプフリヒト)

Wehrpflicht

(ヴェールプフリフト)

スイス軍隊 Schweizer Armee

(シュヴァイツァー・アルメー)

Schwiizer Armee

(シュヴィーツェル・アルメー)

平和 Frieden

(フリーデン)

Fride

(フリデ)

兵站部隊 Versorgungstruppen

(フェアソルグングストゥルッペン)

Versorgigstruppe

(フェルソルギグストゥルッペ)

衛生部隊 Sanitätstruppen

(サニテーツトゥルッペン)

Sanitätstruppe

(サニテーツトゥルッペ)

兵科 Truppengattung

(トゥルッペンガットゥング)

Truppegattig

(トゥルッペガッティク)

徴募 Rekrutierung

(レクルティールング)

Rekrutiärig

(レクルティエリク)

兵役 Armeedienst

(アルメーディンスト)

Armeediänscht

(アルメーディエンシュト)

勤務日 Diensttag

(ディーンストターク)

Diänschttag

(ディエンシュトターク)

スイスフラン Schweizer Franken

(シュヴァイツァー・フランケン)

Schwiizer Frankä

(シュヴィーツェル・フランケ)

 

参考ホームページ

 

Comments

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  • スイス軍隊あるある 装備編 – トランスユーロアカデミー

    […] まず、大半の人が気になっている話題はやはりライフルではないでしょうか?テレビを始め様々なメディアで、スイス人は全員ライフルを所有していることが度々採り上げられていますが、これは事実です。しかし、全ての国民が銃を所持している訳ではなく、男女問わず軍隊に入隊した全てのスイス人だけに、兵役中個人の標準装備となるライフルが支給され、実際の戦争を前提とした様々な射撃訓練を受けます。これは徴兵制度がある国ではどこも同じですが、スイスが他の国と大きく異なるのは、ライフルが訓練のみに貸与されず、兵役満了まで個人が所有し、各々で保守管理する点です。以前の記事(スイスの徴兵制度)でも既に申し上げたように、スイスでは特定の日数に達するまで兵役を毎年繰り返します。したがって、年に3週間ほど軍隊に勤務し、それ以外の期間はライフルを含む個人の装備を自宅で保管しています。使用する機会がないのに、全員が家庭に銃を置くことを義務付けているの?と、驚く方も多いと思いますが、これにはそれなりの理由があります。一昔前までは奇襲攻撃を受けたとしても軍隊が各種部隊を編成する時間を多少確保することができましたが、今や戦闘機による爆撃や長距離ミサイルの攻撃で大きな混乱を引き起こす時代ですので、有事の際に短時間で部隊を編成するのは困難な時代です。そのため、スイスではいきなり攻撃を受けても全ての兵士が自宅を出て、自力で所属部隊に合流できるように、ライフル1丁および銃弾50発が個人の標準装備となっています。ただし、有事の時以外の使用は当然ながら禁止で、封印されている銃弾の缶が開いているだけで懲役刑の対象になるほど厳重な管理が行われています。とはいえ、犯罪に悪用される危険性が高すぎることから、2007年以降は銃弾の配給は廃止となり、現在は警務部隊など一部の限れられた人物にのみ支給されています。 […]

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