
スイスのご当地スイーツ:ケーキ編
目次
皆様、ごきげんよう。
しばらくの間、当ブログで食事に関するネタを採り上げていないように感じます。
また、過去にはレーシュティ、ラクレットなどの代表的なスイス料理に加えて、チーズやワインといったスイスの特産品もご紹介し、スイスドイツ語講座でもビール、そして様々な食材を取り扱ったものの、スイスチョコを除けば甘味はほぼ登場しませんでした。
個人的には甘い物が大好きなだけでなく、スイスには商品をグローバルに展開しているお菓子メーカーも存在しますので、今までスイーツに関する記事を書いてこなかったのが逆に不思議に思えるほどです。
また、あまり知られていませんが、スイスには各地方特有の伝統的なご当地菓子があり、京都の生八つ橋のように定番のお土産として高い人気を誇ります。
しかも、ご当地菓子には想像以上の種類があり、代表的なものだけをピックアップしても相当長いリストになるため、それらを1編の記事に収めるのは厳しいのが現状です。
しかし、甘党大将としてスイス各地の甘味を皆様にご紹介せずにはいられませんので、分野を限定し、何回かにわたってご対応することにしました。
そこで、今回はスイスのご当地スイーツの中でおやつの定番とも言える「ケーキ」についてのお話をさせていただきます。
さくらんぼ酒を含んだスポンジ生地がクセになる「ツガー・キルシュトルテ」
スイスのご当地ケーキで最初にご紹介させていただきたいのは、その高い知名度と世界的に見ても類を見ない独自性で知られるツガー・キルシュトルテ(Zuger Kirschtorte)です。
名前からも分かるように、これは過去に「さくらんぼの町」として採り上げた中央スイスの都市ツーク(Zug)の銘菓で、地元の特産品でもあるさくらんぼで作るリキュール(通称「キルシュ」)をふんだんに使った地方色溢れる絶品スイーツです。
構造的には香ばしさを引き立てるように軽めに焼いたアーモンド入りのスポンジケーキにキルシュのシロップを染み込ませて、その上下に鮮やかな桜色に着色したキルシュ入りバタークリームを塗り、さらにメレンゲと粉末アーモンドを合わせて焼いたジャポネ生地で挟みます。
そして、この5層を重ねた後に上面と側面にもバタークリームを薄く塗って、上から澱粉を混ぜた粉砂糖を満遍なく振り掛け、側面をカリッと焼き上げたアーモンドのスライスで飾れば完成です。
また、味や食感とは関係ないものの、見た目にアクセントを付けるために粉砂糖で塗した上面に菱形模様を施すのがツガー・キルシュトルテの大きな特徴でもあります。
このケーキはツークの駅前に店を開いた東スイス出身の菓子職人が1915年に考案し、瞬く間に地元の特産品として広まりました。
しばらくすると他の地方でもオリジナルを真似た模造品が登場したことから、ツガー・キルシュトルテは1922年に知的財産として登録され、1930年代には正式名称を悪用した著作権侵害で裁判沙汰にまでなったほどです。
現在はツガー・キルシュトルテ協会(Zuger Kirschtorten Gesellschaft)の会員であるツーク州(Kanton Zug)の計10店舗のみが正式名称での販売を許可されており、年間約25万個を売り上げる超人気商品となっています。
しかも、その人気は発売当初から国内のみに留まらず、あの大物俳優のチャーリー・チャップリン(Charlie Chaplin)や元英国首相のウィンストン・チャーチル(Winston Churchill)が愛好家だった他、現ローマ教皇のフランシスコ(Franciscus)までもが熱狂的なファンとして知られています。

クルミ好きにはたまらない「ビュントナー・ヌストルテ」
続いて皆様にご紹介したいケーキは、スイス南東部にあるグラウビュンデン州(Kanton Graubünden、Chantun GrischunまたはCantone dei Grigioni)全域で作られ、当該地方の名物として有名な「ビュントナー・ヌストルテ」(Bündner Nusstorte)です。
直訳すると「グラウビュンデン州のナッツタルト」という意味を持っていますが、形状はタルトというより中身を完全に包み込んでいるパイで、使用されるナッツの種類もクルミだけですので、ネーミングから連想する内容とは少々異なるかもしれません。
とはいえ、作り方は至ってシンプルです。
まず、砂糖に生クリームを混ぜて生キャラメルにし、それが冷めないうちに少し大きめに切ったクルミと蜂蜜を加えます。
その後、小麦粉、砂糖、卵、バターに微量の塩でバタークッキー生地を作って土手付きの円形に入れ、先ほどのクルミ生キャラメルを生地の上で広げたら蓋をするようにバタークッキー生地を被せて焼き上げれば完成です。
ただし、ビュントナー・ヌストルテに関しては生地に厚みを持たせて膨張剤を一切使用しないことに注意しなくてはなりません。
というのも、ビュントナー・ヌストルテはふっくらでしっとりしたケーキと違って、カリッとした生地にぎっしり詰まったキャラメルと歯ごたえのあるクルミが作り上げる、独特の食感を楽しめるのが最大の特徴です。
そのため、ケーキでありながらも数カ月にわたる長期保存が可能で、ネット通販が盛んな現代社会において容易に宅配便で自宅まで配送できるスイーツとして高い人気を誇ります。
また、そもそもグラウビュンデン州は比較的寒く、気候的にクルミの木が育ちにくいので、クルミは元々同州で採れる食材ではなく、19世紀に出稼ぎ労働者が南フランスから持ち帰ってきたものです。
その後、それを地元で古くから親しまれていたクッキー生地の焼菓子と組み合わせて誕生したのがビュントナー・ヌストルテでした。したがって、ビュントナー・ヌストルテは国内の伝統的なスイーツを国外から輸入した食材と上手く融合させたケーキで、昨今話題になっているグローバル化の成功例として挙げられることも少なくありません。

香り高いヘーゼルナッツが決め手の「ソロトゥルナー・トルテ」
3番目に採り上げたさせていただくケーキはヘーゼルナッツを大量に使用して作るソロトゥルン州(Kanton Solothurn)のご当地スイーツで知られる「ソロトゥルナー・トルテ」(Solothurner Torte)です。
このケーキはソロトゥルン市(Solothurn)で焼菓子専門店を営んでいた菓子職人のアルベルト・シュトゥーダー(Albert Studer)が1915年に考案したもので、その美味しさと上品さからすぐさま看板メニューとなりました。
そのため、周辺では似たような商品を販売する競合店が後を絶たず、シュトゥーダーからオリジナルレシピを引き継いだスーター家(Suter)が計3度にわたって商標保護を申請する必要があったほどです。
このような経緯から、現在ソロトゥルン州内にある様々な洋菓子店がソロトゥルナー・トルテを提供していますが、発案者の正式な後継者であるスーター家が作っているものだけが「本物」とされています。
ケーキ自体はミルフィーユ仕立てとなっており、ヘーゼルナッツを混ぜ込んだスポンジを粉砕したヘーゼルナッツ入りバタークリームの層で挟み、さらにその上下に香ばしく焼き上げたメレンゲ層を加えます。
そして、最後に5層に重なったケーキの側面にもバタークリームを塗り、その上に大きめに刻んだヘーゼルナッツを振り掛けたら出来上がりです。
ソロトゥルナー・トルテでは殆どの部分にヘーゼルナッツが含まれているものの、パーツごとにその食感、味、ならびに香りが異なるように工夫されていることから、食べ続けても飽きることなく、むしろそれらが生み出すハーモニーが病み付きになります。
また、真ん中に入っているスポンジも予想以上に軽く仕上がっており、まるでショートケーキのようにふわふわしているのがソロトゥルナー・トルテのトレードマークです。

スイスにおけるお誕生日ケーキの定番「アールガウアー・リュエブリトルテ」
さて、ラストとなりますが、数あるスイスのケーキの中で一番忘れてはいけないのは、何と言ってもドイツ語圏を中心に一般家庭で最も多く作られている焼菓子のひとつである「アールガウアー・リュエブリトルテ」(Aargauer Rüeblitorte)です。
名前をそのまま訳すと「アールガウ州(Kanton Aargau)の人参タルト」となり、アールガウ州が発祥の地であるかのようなネーミングになっているものの、実際の起源は分かっていません。
一説によると、アールガウ州は元々根菜(正確には蕪)の生産地として有名だったことから、人参でケーキを作るアイデアを思い付いたのもアールガウ州の住民以外ありえないという勝手な決めつけが名前の由来だそうです。
また、人参タルトと聞いて、フルーツではなく野菜が主役のスイーツであることに驚かれた人も少なくはないと思います。
確かに人参は野菜に分類されますが、糖分を多く含むことから、果物と同様にお菓子の素材になりますし、その発想をケーキ作りに取り込んだアールガウアー・リュエブリトルテを一度食べてみると誰しもが人参とスイーツの相性の良さに納得させられます。
作り方に関しては、まず卵黄に砂糖と少量の塩を加えて泡立て、すりおろした人参および削ったレモンの表皮、そしてアーモンドまたはヘーゼルナッツの粉末を混合します。
その後、別のボウルで小麦粉、ベーキングパウダー、ならびに任意でシナモンや丁子などの香辛料を混ぜ、泡立てた卵白に足します。
最後に、卵白生地を数回に分けて卵黄生地に注ぎ入れて均一な生地になるよう整えます。
完成した生地は好みに応じて紙を敷いた丸形もしくはパウンドケーキ用の縦型に流し込んで、190度に温めたオーブンで約1時間焼けば出来上がりです。
多くの場合、焼き上がったケーキの表面を粉砂糖と卵白で作ったロイヤルアイシングで覆い、その上に人参に見立てたマジパンを乗せることで、見た目の可愛らしさをアップさせると同時に一目で人参タルトであると分かるようにします。
アールガウアー・リュエブリトルテは前述のケーキに比べて作り方がとてもシンプルなので、スイスでは殆どの菓子屋やパン屋でも販売されていますが、大半の家庭では買ってくるよりも自分で作るのが一般的です。
したがって、大抵のスイス人にとっては馴染み深い庶民的なスイーツで、子供達の間では絶大な人気を誇り、お誕生日ケーキの定番にもなっています。

スイスのご当地ケーキに関するご紹介は如何でしたか?
さくらんぼリキュール、クルミ、ヘーゼルナッツ、人参などスイーツの素材としては日本人にあまり馴染みのないものが多かったかもしれませんが、逆にケーキにしてみればどんな味や食感になるのか気になる内容だったのではないでしょうか?
また、一部しか採り上げていませんが、スイスに独特なご当地スイーツが豊富に存在することに驚かれた方も少なくないと思います。
また、今回採り上げたケーキは特にフルーツ系が苦手な人や大人向けの味付けになっているお菓子の方が好みという方に最適ですので、是非一度試していただきたいです。
そして、本記事を読んでいただき、スイスを訪れる際の楽しみやスイスに行く理由がひとつ増えたと感じていただけたのならこれ以上嬉しいことはございません。それでは次回も楽しみにしてくださいね。
Bis zum nöchschte mal!
Birewegge
今回の対訳用語集
日本語 | 標準ドイツ語 | スイスドイツ語 |
ピックアップする | aufgreifen
(アウフグライフェン) |
uufgriiffe
(ウーフグリーフェ) |
メレンゲ | Baiser
(バイザー) |
Meringue
(メレング) |
澱粉 | Stärke
(シュテアーケ) |
Schterchi
(シュテルヒ) |
裁判沙汰 | Gerichtsverfahren
(ゲリヒツフェアーファーレン) |
Grichtsverfahre
(グリフツフェルファーレ) |
クルミ | Walnuss
(ヴァルヌス) |
Baumnuss
(バウムヌス) |
宅配便 | Zustelldienst
(ツーシュテルディーンスト) |
Zueschtelldiänscht
(ツエシュテルディエンシュト) |
根菜 | Wurzelgemüse
(ヴアーツェルゲミューゼ) |
Wurzelgmües
(ヴルツェルグミュエス) |
卵黄 | Eigelb
(アイゲルプ) |
Eigääl
(アイゲール) |
丁子 | Gewürznelke
(ゲヴュアーツネルケ) |
Nägeli
(ネゲリ) |
卵白 | Eiweiß
(アイヴァイス) |
Eiwiiss
(アイヴィーッス) |
参考ホームページ
スイス割烹の遺産:ツガー・キルシュトルテ
https://www.patrimoineculinaire.ch/Produkte#315
ツガー・キルシュトルテ協会オフィシャルサイト:
https://www.zuger-kirschtorten-gesellschaft.ch
グラウビュンデン州オフィシャルサイト:ビュントナー・ヌストルテ
https://www.graubuenden.ch/de/graubuenden/allgemeine-informationen/kulinarik/rezepte/nusstorte
パン屋・菓子屋・カフェのヴェーバー:ビュントナー・ヌストルテ
https://www.weber-davos.ch/spezialitaeten/buendner-nusstorte/
スイス割烹の遺産:ソロトゥルナー・トルテ
https://www.patrimoineculinaire.ch/Produkte#291
ソロトゥルン観光オフィシャルサイト:ソロトゥルナー・トルテ
https://www.solothurn-city.ch/ausflugsziele/attraktionen/solothurner-torte-5662eaacc0
スイス割烹の遺産:アールガウアー・リュエブリトルテ
https://www.patrimoineculinaire.ch/Produkt/Aargauer-Rueblitorte/198
アールガウ観光オフィシャルサイト:リュエブリトルテ
https://aargautourismus.ch/geniessen/rezepte-spezialitaeten/rueeblitorte

スイス生まれスイス育ち。チューリッヒ大学卒業後、日本を訪れた際に心を打たれ、日本に移住。趣味は観光地巡りとグルメツアー。好きな食べ物はラーメンとスイーツ。「ちょっと知りたいスイス」のブログを担当することになり、スイスの魅力をお伝えできればと思っておりますので皆様のご感想やご意見などをいただければ嬉しいです。
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