有名作品にはE.T. A. ホフマンあり? 番外編
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皆さんはドイツの作家というと誰を思い浮かべますか?ゲーテ、シラー、ミヒャエル・エンデにトーマス・マン、現代だとフォン・シーラッハなど挙げるときりがないですが、今回は18世紀末から19世紀前半にわたって活躍した「E.T. A. ホフマン」をご紹介します。
E.T. A. ホフマン(Ernst Theodor Amadeus Hoffmann. 1776-1822)という作家はご存知でしたか?恐らくドイツ文学を学ぶ機会がないとほとんど聞くことのない名前かと思いますが、実は皆さんがよくご存知の小説や音楽作品と深く関わり合いがあるのです。
ところでドイツの「作家」としてご紹介しましたが、E.T.A. ホフマンは作家、作曲家、法律家、音楽評論家、画家など何足もの草鞋を履いた多彩な人物でした。
ホフマンの作品は後期ロマン主義に属すると言われますが、時に幻想的で時にグロテスク、そしてリアルさをも備えたその作風はロマン主義の中でも唯一無二な印象を与え、多くの芸術家の作品や楽曲に影響を及ぼしました。
有名作品の陰にはホフマン有り・・・とまでは言いませんが、あまり知られていないE.T.Aホフマンの魅力をお届けします。
本当は怖い「くるみ割り人形」??
皆さん、チャイコフスキーのバレエ曲「くるみ割り人形」はご存知ですね。クリスマスシーズンの定番演目ですが、バレエを見たことがない方でも、とても有名なその音楽は、テレビや街中などで一度は耳にしたことがあるかと思います。
この「くるみ割り人形」の原作が、ホフマンの「Nussknacker und Mausekönig(くるみ割り人形とねずみの王様)」です。
「本当は怖いグリム童話」というフレーズは既によく知られていますが、実はこの「くるみ割り人形」も原作とバレエ版では雰囲気が異なります。
あらすじはどちらもクリスマス・イブに贈られたくるみ割り人形をめぐり、主人公の少女が幻想の世界で不思議な体験をしていくというものです。
原作もバレエ曲も、クリスマスの夜に突然現れたねずみの王様率いる「ねずみの大群」とくるみ割り人形率いる人形軍団が戦うという展開になりますが、ホフマンの原作では「首から七つの頭が生えている大ねずみ」が床から出てくるという、不気味な描写になっています。
いったいどんな姿なのでしょうか・・・。
そして原作のくるみ割り人形軍団VSねずみの王様軍団の戦闘シーンはなかなかにリアルで、子供向けとは決して言えないでしょう。
クリスマス・おもちゃ・お菓子など愛らしいテーマが満載の本作ではありますが、ただの「クリスマスの楽しいお話」では終わらないのが、ホフマン作品の特徴です。
「吾輩は猫である」の先輩猫?
1905年から1906年にわたって連載された夏目漱石の小説「吾輩は猫である」といえば、元捨て猫である「吾輩」が、住みついた先生の家で、先生を取り巻く人々の人間模様を観察していく、というとてもユニークな作品で有名です。
しかし実は同じく「猫視点」で人間社会を観察する作品を既に1819年に発表していたのが、ホフマンでした。
タイトルは『Lebensansichten des Katers Murr雄猫ムルの人生観』です。
ドイツ語で「murren」とは「文句や不平を言う」という意味で、「Murrkater」とは「不平家」を意味します。
作品では雄猫の「ムル」の視点で、「murren」するかの如く人間社会を風刺的に描写していきます。どんなに風刺されようとも猫目線であればついつい許してしまいそうですね。
猫が語り部となるという点で、ホフマンと夏目漱石の作品はとても似通っているため、「吾輩は猫である」は「雄猫ムルの人生観」の盗作だと言われることもあるそうですが、そうでなくても大きな影響を受けた作品であることには違いないでしょう。
推理小説の始まりの始まり?
世界で初めて推理小説を書いたと言われるのが、エドガー・アラン・ポー、そしてその作品が「モルグ街の殺人」であることはとても有名な話です。「モルグ街の殺人」は、天才的な探偵が推理を披露し事件を解決へ導くというストーリー展開から、史上初の推理小説・探偵小説であることは疑いようがありません。
一方で、ポー以前にも推理小説が存在したと主張される際に挙げられる代表的な例が、ホフマンの作品『Das Fräulein von Scuderiスキュデリ嬢』です。
こちらはとある事件に巻き込まれた登場人物がスキュデリ嬢に助けを求めることで、スキュデリ嬢を中心に事件の真相が集まり、最終的にスキュデリ嬢がその事件のあらましを語る役割を担う、というストーリーのため、「探偵」として事件解決に努める推理小説とは、すこし構造が異なります。
ですが、森鴎外がこの作品の翻訳を「玉を懐いて罪あり」というタイトルで発表した際に、「エドガー・ポーを読む人は更にホフマンに遡らざるべからず」と言っているように、ホフマンの「スキュデリ嬢」は推理小説の始まりの始まり?と言えなくもないのです。
逆に眠れない『Der Sandmann 砂男』
最後にご紹介するのは『Der Sandmann 砂男』です。「砂男(Sandmann)」とは、もともと眠りを誘う空想上の人物のことです。Sandmannが夜更かしをする人々に砂袋から砂を撒き、その砂が目に入るとたちまち眠らずにはいられなくなる・・・といいます。ドイツでは子供たちが夜更かしをしないように「Sandmannがやってくるぞ」と脅して寝かしつける習慣があったそう。
そして東西ドイツに分かれていた時代に作られたキャラクターに「Sandmännchen (砂小人)」という可愛らしいサンタさんのような見た目をした人形がいます。
この「Sandmännchen」は「Unser Sandmännchen」という番組の中にでてくるキャラクターで、番組の最後には心地良いメロディのテーマ曲とともに優しく砂を撒き、子供たちをベッドへ誘います。
旧東西ドイツともに同様のコンセプトで番組が放送されていましたが、東西ではキャラクターデザインが異なり、この可愛い「Sandmännchen」は旧東ドイツがオリジナルとなっており、旧東ドイツの数少ない「転換期の勝者 (Wendegewinner)」とも呼ばれるそうです。
↓こちらのサイトからもSandmännchenの写真をたくさん見ることができます
Viele schöne Bildergalerien | Unser Sandmännchen (sandmann.de)
大人でもトロンと眠くなってしまいそうな優しげな「Sandmännchen」ですが、それとは一味違う砂男が登場するのが、ホフマンの小説『Der Sandmann (砂男)』です。
『Der Sandmann (砂男)』の主人公ナタナエルは、幼少期に「砂男は眠らない子供の目に砂を投げ込み、血まみれになって出てきた目玉を奪って月にいる砂男の子供に食べさせている」という話を聞かされたことが原因となり、「砂男」という存在に恐怖心を抱くようになりました。
そしてその恐怖に取りつかれた主人公は、ある出来事をきっかけにますます理性を失っていってしまう・・・というストーリーになっています。
徐々に正気を失っていくグロテスクな描写と決して後味が良いとはいえない結末は、砂を撒いて眠気をさそう本来の「Sandmann」や可愛らしいキャラクターの「Sandmännchen」とは違って、恐怖心をあおり逆に眠れなくなること間違いなしです・・・。
今回、ドイツの有名な作家E.T.Aホフマンと実は関係のあったものとして、3作品+1キャラクターをご紹介しました。
有名作品には、意外と知られていない裏話があるものです。深く知ることで、作品の新しい見方もできるかもしれませんね。
ホフマン作品は最近ではほとんど知られていませんが、光文社から新訳も出ており読みやすくなっているので、ぜひ皆さんにも、このちょっと不条理で不気味な魅力満載のホフマンワールドを味わってもらいたいと思います。
引用文献名
大島かおり訳 E.T.Aホフマン『黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ』(2009)光文社古典新訳文庫
大島かおり訳 E.T.Aホフマン『くるみ割り人形とネズミの王様/ブランビラ王女』(2015)光文社古典新訳文庫
池内紀編 E.T.A.ホフマン『ホフマン短編集』(1984)岩波書店
手塚富雄・神品芳夫著『増補 ドイツ文学案内』(1963)岩波書店
参考サイト
【バレエ経験者が解説】『くるみ割り人形』のあらすじや特徴 | | Dews (デュース) (dews365.com)
Lebens-Ansichten des Katers Murr – Wikipedia
Unser Sandmännchen – Wikipedia
Was ist der Unterschied zwischen Ost und West Sandmann? – SchnelleBeratungen
Viele schöne Bildergalerien | Unser Sandmännchen (sandmann.de)
シューマンをこよなく愛する東京出身の日本人。ドイツのクラシック音楽に興味をもったことがきっかけとなり、大学でGermanistikを勉強し、5年間の社会人経験を経て、現在はデュッセルドルフにてワーホリ滞在中。久しぶりのドイツに戸惑うことも多いですが、ワーホリ取得やドイツでの生活にまつわるホットな情報を皆さんにお伝えできればと思います。ドイツ滞在中は趣味の音楽鑑賞とドイツミステリー文学漁りにも手を伸ばしたいと思っているので、おススメなどありましたらぜひ情報をお寄せください!
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