スイス軍隊あるある 装備編

以前スイスの徴兵制度についてのお話をさせていただきましたが、その際はスイス軍隊そのものをご理解していただくために、より一般的な内容のみに触れました。

しかし、スイス軍隊にまつわるいろいろな噂や疑問点も少なくないので、皆様の中にはそれらの詳細が気になっている方もいるのではないでしょうか?

したがって、今回は「スイス軍隊あるある」と題して様々な小ネタをご紹介させていただきたいと存じます。しかし、語りだすと止まらないほどネタが多いため、本編では主に装備に関する内容をまとめさせていただきました。

 

 スイス人は全員ライフルを所持している?

 

まず、大半の人が気になっている話題はやはりライフルではないでしょうか?

テレビを始め様々なメディアで、スイス人は全員ライフルを所有していることが度々採り上げられていますが、これは事実です。しかし、全ての国民が銃を所持している訳ではなく、男女問わず軍隊に入隊した全てのスイス人だけに、兵役中個人の標準装備となるライフルが支給され、実際の戦争を前提とした様々な射撃訓練を受けます。

これは徴兵制度がある国ではどこも同じですが、スイスが他の国と大きく異なるのは、ライフルが訓練のみに貸与されず、兵役満了まで個人が所有し、各々で保守管理する点です。

以前の記事(スイスの徴兵制度)でも既に申し上げたように、スイスでは特定の日数に達するまで兵役を毎年繰り返します。したがって、年に3週間ほど軍隊に勤務し、それ以外の期間はライフルを含む個人の装備を自宅で保管しています。

使用する機会がないのに、全員が家庭に銃を置くことを義務付けているの?と、驚く方も多いと思いますが、これにはそれなりの理由があります。

一昔前までは奇襲攻撃を受けたとしても軍隊が各種部隊を編成する時間を多少確保することができましたが、今や戦闘機による爆撃や長距離ミサイルの攻撃で大きな混乱を引き起こす時代ですので、有事の際に短時間で部隊を編成するのは困難な時代です。そのため、スイスではいきなり攻撃を受けても全ての兵士が自宅を出て、自力で所属部隊に合流できるように、ライフル1丁および銃弾50発が個人の標準装備となっています。

ただし、有事の時以外の使用は当然ながら禁止で、封印されている銃弾の缶が開いているだけで懲役刑の対象になるほど厳重な管理が行われています。

とはいえ、犯罪に悪用される危険性が高すぎることから、2007年以降は銃弾の配給は廃止となり、現在は警務部隊など一部の限れられた人物にのみ支給されています。

 

銃の所持に伴う責任と義務

 

兵役中のスイス人が所持しているライフルですが、時代によっては様々なものが使用されました。

現在、軍隊で支給されるモデルは通称「シュトゥルムゲヴェール90」(Sturmgewehr 90)と呼ばれるSwiss Arms社のSG550です。当該ライフルは命中精度が非常に高いことと故障がほとんどないことが特徴的であるため、スイス軍隊のみならず、フランス軍、インド軍、ならびにドイツの特殊部隊であるGSG 9やアメリカのFBIでも類似モデルが採用されています。

また、大半の方が知らないのは、軍隊から銃器を支給された全ての人物はそれを厳重に管理する責任だけでなく、義務も課せられることです。

まず、銃は如何なる場合でも万全な状態に保たれなければなりません。兵役中、度々武器の専門家による点検が実施されますが、金属部品の内部に例え僅かであっても錆が確認された際は錆がなくなるまで銃の手入れを命じられます。

そして、錆を落とすことが出来ない場合は自腹で交換部品を購入させられます。さらに、兵役で毎年射撃訓練を受けているにも拘わらず、兵役以外でも年に1回射撃の試験を受けて、合格する必要があります。これは一般的に射撃義務(Schiesspflicht)と称され、計20発の銃弾を一定時間内に300メートル先に設置された標的に向けて発砲し、定められた点数を超えないといけません。しかも、1発でも標的を外せばその時点で不合格が確定する極めて難度の高い試験なのです。

この試験には合格するまで何度でも挑戦することができますが、その際に使用する銃弾は自腹で、最終的に合格しなければ、射撃義務を果たせなかったとみなされて罰金まで科せられます。

シュトゥルムゲヴェール90の射撃訓練
シュトゥルムゲヴェール90の射撃訓練

 

アーミーナイフ

 

ライフル以外にも、スイス軍隊を代表する装備と言えばアーミーナイフです。

これは今やスイスの特産品として世界中で販売されていることもあり、皆様もよくご存知の道具だと思います。

しかし、皆様が知っているのはヴィクトリノックス社(Victorinox)またはヴェンガー社(Wenger)のロゴが入っている赤色のプラスティック製のハンドルに多くの工具や機能が取り付けられているアウトドア向けに開発されたもので、スイスの軍人が実際に使っているアーミーナイフはさほど豪華ではなく、よりシンプルな仕様になっています。

アーミーナイフの正式名は「兵隊ナイフ」を意味する「ソルダーテンメッサー」(Soldatenmesser)で、スイス軍隊がそれを初めて採用したのは1891年です。当時は木製のハンドルにナイフ、マイナスドライバー、缶切、ならびにリーマーを含むポケットサイズの画期的な多機能道具でした。

その後何度か改良されましたが、基本的な仕様は今日までほとんど変わっていません。

そして、1961年になると以前から製造を受託していたヴィクトリノックス社およびヴェンガー社が専属のメーカーに指定され、グリップ性を高めたアルミニウムハンドルにスイスの国旗が入った、よりコンパクトなモデルが導入されます。

このモデルでは特に使い勝手と頑丈さが高く評価されたことから、50年以上にわたって採用が継続されただけでなく、現在世界中でスイス・アーミーナイフとして認識されている数々の商品の原型にもなりました。

また、2008年以降は鋸とプラスドライバーを追加したプラスティックハンドルの少し大きめの最新モデルが全兵隊に支給されていますが、先行モデルほどの人気はありません。

ソルダーテンメッサー61(1994年仕様)
ソルダーテンメッサー61(1994年仕様)

 軍隊メガネ

 

このように、男の子なら必ず一度は憧れる軍隊装備の数々ですが、それら全てが好奇心をそそられる格好良いものではありませんし、中には例え無料であっても要らないと言ってしまうほどの道具まで存在します。

その代表例とも言えるのが、カンプフブリレ(Kampfbrille)と呼ばれている軍隊メガネです。従来、メガネは軍隊装備ではなかったのですが、個人の必需品が訓練中に破損する場合、軍隊がそれを弁償しなくてはならない義務があるので、メガネ等の矯正器具には長年にわたって膨大な支出を招いていたとの理由から、その導入が決まりました。

したがって、軍隊メガネは標準装備ではなく、眼科医による視力検査の結果を添えて申請書を提出した場合にのみ支給される装備なのです。

また、丈夫で破損しにくい仕様になっているため、実用性が非常に高いのですが、デザインは超が付くほどイマイチです。軍隊で実用性を優先するのは当然のことで特に不思議に思うほどではないのですが、カンプフブリレは軍人の間で最も好まれない装備として有名で、それを掛ける人は基本的にいないのが現状です。

しかも、兵役以外の私生活で軍隊メガネを着用した場合、必ずと言っていいほど他人から変な目で見られたり、笑われたりします。これは流石に言い過ぎと思う方もいるでしょうが、加トちゃんでお馴染みの丸メガネに例えるとその感覚をご理解いただけます。

もし、皆様が務めている会社が社員に無料でメガネを提供し、それが一昔前に流行した丸メガネと同一仕様になっていれば、皆様はそれを使うことに抵抗はありませんか?もちろん、肝心なのはファッション性ではないのですが、そのようなメガネを進んで使用したいとは思わないのではないでしょうか?

カンプフブリレ02
カンプフブリレ02

スイス軍隊の装備に関するご紹介は如何でしたか?

徴兵制度がない日本では様々な戦闘用の装備を国から支給される習慣がないため、日常生活でも使用できる実用的な道具が貰えていいなと羨ましがる人もいるでしょうが、現実はさほど甘くありません。

アーミーナイフなどの装備は軍隊以外でも活用することができ、大いに役立ちますが、ほとんどの装備は貸与品であり、兵役が終了すると返却しなくてはなりません。

さらに、ライフルでもご説明したように、軍隊から受給する全ての装備に関しては責任のある保守管理が義務付けられます。手入れが必要なものについては常に最適かつ使用可能な状態を維持し、紛失や破損の防止にも努めなければなりません。

万が一、紛失があった場合は自腹で予備品を購入させられますし、破損においてもそれが故意や過失によるものであれば同様に自腹で再購入する必要があります。したがって、20歳前後の若者にとっては高額な出費ですが、予備品の購入は兵役中にほとんどの人が経験しています。

しかし、自身の所持品や貸与品に対する責任や適切な管理は社会人としても一般的に求められることですので、若者が軍隊を通してこういった社会で必要なスキルを身に付けるのは決して悪いことではありません。ただし、そのためにライフルまで配るべきかどうかは別な問題ですけどね。

では

Bis zum nöchschte mal!

Birewegge


今回の対訳用語集

日本語 標準ドイツ語 スイスドイツ語
装備 Ausrüstung

(アウスリュストゥング)

Uusrüschtig

(ウースリュシュティク)

ライフル Gewehr

(ゲヴェール)

Gwehr

(クヴェール)

射撃 Schießen

(シーッセン)

Schüsse

(シューッセ)

機会 Gelegenheit

(ゲレーゲンハイト)

Glegeheit

(クレゲハイト)

攻撃 Angriff

(アングリッフ)

Aagriff

(アーグリッフ)

戦闘機 Kampfflugzeug

(カンプフフルークツォイク)

Kampfflugzüg

(カンプフフルークツューク)

Rost

(ロスト)

Roscht

(ロシュト)

工具 Werkzeug

(ヴェアクツォイク)

Werchzüg

(ヴェルフツューク)

ポケット Hosentasche

(ホーセンタッシェ)

Hosesack

(ホセサック)

メガネ Brille

(ブリレ)

Brülle

(ブリュレ)


参考ホームページ

 

 

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