Velo, Bike, Töff スイスドイツ語講座その5:乗り物

先日、パラグアイ人の知り合いから、南米ではスペイン語が共通言語になっているにも拘らず、それぞれの国で「バス」の呼び名が異なるという興味深いお話を聞きました。

実はドイツ語圏でも同様な傾向があり、国によっては乗り物の名前が大きく異なる場合があります。

中でもスイスドイツ語では標準ドイツ語と語源の違う様々な名称が使われているので、ドイツ人やオーストリア人がその意味を理解することができず、混乱することも少なくありません。

したがって、今回はスイスドイツ語と標準ドイツ語の差異が最も鮮明に表れている乗り物について学んでいきましょう。

 

 スイスで自転車は「Fahrrad」ではなく「Velo」

 

ドイツ語とスイスドイツ語で名称が異なる乗り物の代表例として最初に挙げなくてはならないのが自転車です。

自転車はドイツ語で「ファールラート」(Fahrrad)と言いますが、スイスドイツ語となるとそれが「ヴェロ」(Velo)と呼ばれています。ここで「えっ?」と、驚いた方もいるのではないでしょうか?

過去の記事では発音さえ違うものの、ドイツ語とスイスドイツ語の間に多少の類似性が見られましたが、このように似ても似つかない2つの用語が使用されていることに疑問を抱くのは皆様だけでなく、ドイツ人の中にも大勢います。

その理由を簡単に説明すると、「ヴェロ」は元々フランス語の「ヴェロシペード」(vélocipède)に由来し、かつてドイツ語圏全域で自転車を「ヴェロツィペート」(Veloziped)と呼んでいた時代がありました。

しかし、ドイツやオーストリアでは国家主義の一環としてそれが次第に純粋なドイツ語から作られた「ファールラート」に置き換えられたのに対し、スイスではフランス語から伝来した呼称を維持し、それをさらに略した「ヴェロ」となったのです。

このように、過去にドイツ語圏内で統一されていた呼び名が地域によって異なる発展を遂げた例は決して稀ではありません。

 

スイスとドイツでは「Bike」が指すものに違いがある

 

自転車の話をもう少し続けますと、英語では自転車を指す場合にバイシクル(Bicycle)の略である「バイク」(Bike)を使うことが多いですよね?

とはいえ、バイクは本来「二輪車」という意味ですので、広義には自動二輪車も含みます。英語からその単語を引き継いだ日本語では逆に後者に重点を置き、「バイク」と言えば自転車を除いた自動二輪車を指すことの方が多いと言えます。

これはドイツ語でも全く同じで、ドイツ人が「バイク」という単語を使う時は基本的に自動二輪車を指しています。しかし、スイスで「バイク」と言ったら自動二輪車と捉える人は殆どおらず、自転車と認識されるのが一般的です。

ここでもまた「なんで?」と、大きいなはてなマークを浮かべる人が多いと思いますが、両者における認識のズレの主な原因は「バイク」という用語がそれぞれの言語に導入された経緯にあります。

ドイツでは「バイク」が英語からそのまま受け継がれたのですが、スイスにおける「バイク」という言葉は「マウンテンバイク」の普及に便乗して広く知れ渡ったのです。

したがって、スイスドイツ語の「バイク」は英語で二輪車を意味するバイシクルがその語源ではなく、「マウンテンバイク」を略して誕生した「バイク」に由来します。

しかも、大部分が山岳地帯のスイスではマウンテンバイクを日用品として所有している人の割合も高いので、「バイク」が次第に自転車全般を指すようになりました。

 

 

スイスでオートバイは「Motorrad」ではなく「Töff

 

先ほどから話題になっている自動二輪車ですが、実はこれに関してもドイツ語とスイスドイツ語で言い方が違います。

既にご存知の方もいるかもしれませんが、標準ドイツ語では自動二輪車を「モートーアラート」(Motorrad)と言います。

それに対してスイスドイツ語では自動二輪車が「テッフ」(Töff)と呼ばれているのです。流石に心の準備ができていた皆様ですから、もうこのような違いを不思議に感じなくなったと思います。

しかし、フランス語や英語から伝来した「ヴェロ」や「バイク」と比較しますと、「テッフ」は明らかに別のルーツを持っているような印象を受けませんか?

それもその筈です。なんと「テッフ」という言葉は一昔前にバイクのクラクションとして使用されていた、ピエロのホーンでもお馴染みの警笛を表す擬声語なのです。

ホーンの音が「パフパフ」に聞こえる日本の皆様には少々分かりにくいもしれませんが、ドイツ語圏でホーンが発する音は昔から「テッフテッフ」と決まっており、スイスではそれがいつの間にか自動二輪車そのものを表す語になりました。

また、「原付」こと原動機付自転車に関しても実に興味深い差異が見受けられます。ドイツ語では原付が日本語と同じ原動機付きの自転車を意味する「モートーアファーラート」(Motorfahrrad)の名で知られていますが、スイスドイツ語で原付はなんと小型の自動二輪車と解釈されているのです。

そのため、テッフにスイスドイツ語の代名詞でもある指小接尾辞「リ」を付けた「テッフリ」(Töffli)の愛称で親しまれています。

 

 

その他の乗り物にも違いがある

 

さて、自転車やバイクなど特にメジャーな乗り物についての違いをご紹介させていただきましたが、ドイツ語とスイスドイツ語の間に差異があるのは当然ながらそれだけではありません。

例えば公共交通機関のひとつとして特にオーストリアやスイスで広く知られているものの中に郵便事業体が運営するバスがあります。

オーストリアではそれがその名の通り「ポストブス」(Postbus)と呼ばれていますが、スイスでは「郵便車」を意味する「ポシュトアウト」(Poschtauto)の名称が使われています。

ポシュトアウトにはバス以外の車両がある訳でもないのですが、スイス人は何故かバスという単語は使いません。これはドイツ語で「ライゼブス」(Reisebus)の名を持つ観光バスに関しても同様で、スイス人は観光ツアーや修学旅行などで利用する大型バスについて「カール」(Car)という表現を用います。

これはフランス語の呼び名である「オートカール」(Autocar)に由来しますので、自転車でも既に見られた語源の違いによるものに過ぎません。

これと全く同じパターンが子供たちに大人気の乗り物であるキックスケーターでも見受けられます。昨今、キックスケーターにおいては「キックボード」など複数の商品名も使用されていることが確認されていますが、ドイツ語では「トレートロラー」(Tretroller)が最も一般的な総称です。

しかし、スイスではフランス語でキックスケーターを指す「トロッティネット」(Trottinett)という言い方が用いられているのです。

 

乗り物のご紹介は以上になりますが、ドイツ語とスイスドイツ語の違いは決して発音のみに限定されず、語源の異なる単語もあることをご理解いただけましたでしょうか?

このような理由からスイスドイツ語はドイツ語の方言ではなく、独立した言語であると位置づけられているのです。

頑張ってスイスドイツ語を学ぼうとしている皆様の前に思いも寄らぬ壁を建てて、ハードルを上げてしまったかもしれませんが、諦めずに一歩一歩前へ進みましょう。

特に今回ご紹介した乗り物に関しては旅行などで利用する機会も多いと思いますので、まずはこのような使える言葉から覚えていくと実感も湧きやすいです。

したがって、スイスを訪れる前にそれぞれの交通手段の名前をしっかり学んで、現地でレンタサイクルを利用したり、テッフに乗って絶景が広がるアルプスの山道を走ったりしては如何ですか?

では

Bis zum nöchschte mal!

Birewegge


今回の対訳用語集

日本語 標準ドイツ語 スイスドイツ語
乗り物 Fahrzeug

(ファールツォイク)

Fahrzüüg

(ファールツューク)

自転車 Fahrrad

(ファールラート)

Velo

(ヴェロ)

認識する verstehen

(フェアシュテーエン)

verschtah

(フェルシュター)

引き継ぐ übernehmen

(ユーバーネーメン)

übernäh

(ユベルネー)

オートバイ Motorrad

(モートーアラート)

Töff

(テッフ)

原動機付自転車 Motorfahrrad

(モートーアファーラート)

Töffli

(テッフリ)

郵便バス Postbus

(ポストブス)

Poschtauto

(ポシュトアウト)

公共交通機関 Öffentlicher Verkehr

(エッフェントリヒャー・フェアケーア)

Öffentlich Verchehr

(エッフェントリフ・フェルヘール)

観光バス Reisebus

(ライゼブス)

Car

(カール)

キックスケーター Tretroller

(トレートロラー)

Trottinett

(トロッティネット)

 

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