スイスのノーベル賞受賞者

 

先月ノーベル賞の受賞者が順次に発表され、以前からノミネートが期待されている村上春樹さんの受賞は今回も実現しなかった一方、平和賞が日本被団協に贈られると決まったことに驚いた人も多いのではないでしょうか?

日本人によるノーベル平和賞の受賞は50年ぶりの出来事ですが、過去を振り返ると山中伸弥教授や吉野彰博士をはじめ、特にこの25年間で数多くのノーベル賞受賞者を輩出してきた実績があり、さほど異例なことでもないかもしれません。

また、そのような背景から日本国民の間でノーベル賞に対する関心が年々高まっており、皆様の中にも今年の受賞者が気になってその発表に注目した方が少なくないと思います。

しかし、大半の人はあくまで自国の人物がノーベル賞を受賞するか否かに着目しており、他国の受賞者にはさほどの興味がないように感じます。

というのも、ノーベル賞を受賞したスイス人を聞かれると、日本では殆どの方が一人も答えられず、稀に1人か2人の名前を知っている人がいるのが現状です。

また、そもそもノーベル賞を受賞したスイス人が過去に存在したのか分からない方まで僅かながらいますので、スイス人である私にとっては非常に悲しい現実に直面しております。

そこで、今回は日本人以外のノーベル賞受賞者に関する一般的知識を広める目的で、過去にノーベル賞を受賞したスイス人についてご説明させていただきます。

 

 

スイスは人口1人当たりのノーベル賞受賞率が最も高い国

 

ご存知の通り、ノーベル賞とはダイナマイトを発明して膨大な資産を得たスウェーデンの化学者兼実業家であるアルフレッド・ノーベル(Alfred Nobel)の遺言に従って人類のために最大なる貢献をした人物に贈られる世界的な賞で、1901年以来毎年「物理学」「化学」「生理学・医学」「文学」、ならびに「平和」の5つの分野で授与されます。

また、1969年からは同様に経済学における功績を残した人物に「アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞」も授与され、これを通称「ノーベル経済学賞」と呼んでいますが、アルフレッド・ノーベルの遺言に基づくものでない他、その性質についても様々な専門家から批判が寄せられていることから、ノーベル賞として扱うべきではないと主張している人も少なくはありません。

したがって、下記ではそのようなご意見を考慮して「ノーベル賞」は経済学賞を除いた上述の5つの分野に授与される賞とさせていただきます。

さて、今年で124回目の授与式を迎えるノーベル賞ですが、皆様は過去に最も多くの受賞者を輩出してきた国を知っていますか?

国別ランキングに関しては、複数の国籍を有する受賞者の数え方や、受賞者の出生国をベースにしているものによって順位が多少異なるため、本記事ではNHKが公開した文部科学省の統計を採用しました。

その統計によると1位は圧倒的な受賞者の数を誇るアメリカで、2位イギリス3位ドイツ4位フランス5位スウェーデン6位にはなんとスイスが入っており、7位日本がランクインしています1

ここで既にご気付きの方もいると思いますが、合計で言えば実は日本人よりもスイス人の方が多くのノーベル賞を受賞しているのです!

さらに、8位以下の順位にも焦点を当ててみると、トップテンに入っている国の中で人口が1000万人未満なのはスイスのみであることも分かります。

これは何を意味するかというと、少なくとも先進国については人口が多いほど研究機関の数や研究開発を行っている企業数も増えて、経済力と比例する傾向があるので、ノーベル賞を受賞する割合も高くなると考えるのが自然です。

そのため、G7諸国がランキングで上位を占めているのも不思議ではありませんが、G20の参加国にも含まれないスイスが6位なのは異例としか言えません。

そして、今まで受賞したノーベル賞の数を人口で割った1人当たりの受賞率を算出すれば、アメリカ、イギリス、ならびにドイツを差し置いて世界一高い割合を誇るのがスイスとなります。

 

ノーベル平和賞は計14回、スイス人またはスイスに本部を置く団体に授与された

 

このように、スイスは世界で6番目に多くのノーベル賞を受賞しただけでなく、人口に比例すれば最も受賞率の高い国でもあります。

ここで、スイス人は特定の分野に長けていて、その分野でノーベル賞を多く受賞したのではないのかと疑問に思う方もいるかもしれませんが、それは全面的に否定しなくてはなりません。

何故なら、スイスは全ての分野においてノーベル賞受賞者を輩出しているばかりか、各分野でノーベル賞を2回以上授与されているからです。

つまり、スイスは全種類のノーベル賞受賞を2回も達成したことになります。

しかも、1回目のコンプリートは、ノーベル賞の授与が始まってから僅か20年後の1920年に成し遂げたので、完全制覇の速さで言えばイギリス、フランス、スウェーデンに次ぐ4カ国目に当たるのです。

しかし、重要なのは受賞のスピードよりも、どのような功績が称えられてノーベル賞が授与されたかですよね?

その点に関してもスイスは大いに胸を張ることができます。

というのも、考え方によっては5つあるノーベル賞の内、平和賞を最も格式高いものと位置づける人もいて、それが過去にスイス人もしくはスイスに本部を置く団体に贈られた回数は、なんと14回にも上ります!

また、受賞者の中には国境なき医師団(Médecins Sans Frontières)を始め、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)など誰しもがその国際規模での人道支援や反戦活動の実績を評価し、ノーベル賞の受賞に賛同できる人物と団体ばかりが揃っているのです。

そして、スイスが何より誇りに感じているのがノーベル平和賞の記念すべき第1号が、戦争のもたらす被害や悲惨さを訴えたスイス出身の人物に授与されたことです。

それを受賞したのは皆様も一度は必ず名前を聞いたことがある、世界最古の国際医療支援団体で、国際赤十字・赤新月運動の調整機関を担う赤十字国際委員会(ICRC)の創設を提唱した「赤十字の父」ことジャン=アンリ・デュナン(Jean-Henri Dunant)でした。

 

1901年に平和ノーベル賞第1号が贈られたジャン=アンリ・デュナン(写真:ICRC、CC BY-SA 2.0

 

科学の分野においても錚々たる受賞者が揃っている

 

という訳で、スイスのノーベル平和賞受賞者に関してはそれなりの人物と団体が名を連ねている状況ですが、他の分野も決して負けてはいません。

まず、生理学・医学賞を見ていきますと、スイス人に対して授与された回数は全部で9回に上り、1909年にそれを受賞したテオドール・コッヘル(Theodor Kocher)「コッヘル鉗子」「コッヘル法」を開発したことで知られているだけでなく、現代外科手術の先駆者でもあります。

続いて、化学賞を受賞したスイス人は計8名存在し、1913年にスイス初の受賞者となったアルフレッド・ヴェルナー(Alfred Werner)は錯体化学の創始者であると同時に、無機化学の専門家としては1973年までに唯一のノーベル賞受賞者でした。

さらに、物理学賞がスイス国籍を有する人物に贈られたのは7回で、受賞者の中にはなんと世界中でその名前を知らない人がいないといっても過言ではない、あのアルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein)が含まれています。

既にご存知で今更申し上げる必要もないと思いますが、アインシュタインは特殊相対性理論および一般相対性理論で従来の物理学の認識を根本から変え、光電効果の理論的解明など物理学の分野で数多くの功績を残したことで、その学問では最も偉大な学者の一人とまで評される人物です。

また、アインシュタインは元々ドイツの生まれで、晩年はアメリカ国籍も取得していたことから、スイス人と言われて混乱している人もいるのではないでしょうか?

詳しくご説明しますと、アインシュタインは16歳の時に徴兵されることを拒んでドイツ国籍を剥奪され、その5年後にスイス国籍を取得しました。

1914年から1933年まではドイツで教職員をやっていた経緯で再びドイツ国籍を取得するも、ヒトラー政権が発足したことでドイツ国籍を自主返納したのです。

したがって、1921年のノーベル賞受賞時に持っていたのはスイス国籍で、生涯最も長く有していたのもスイス国籍であるため、むしろスイス人だったとの認識が最も適切だと言えます。

最後に、ノーベル文学賞を授与されたスイス人は僅か2名しかおらず、他の分野に比べて受賞回数がかなり少ないです。

しかし、そのうちの1人は現代ドイツ文学を代表する作家として世界的に有名なヘルマン・ヘッセ(Hermann Hesse)ですので、スイスはノーベル賞の各分野において錚々たる受賞者が揃っていることになります。

 

1921年にノーベル物理学賞を授与されたアルベルト・アインシュタイン

 

今後もスイス人によるノーベル賞の受賞は大いに期待できる

 

これまでの説明を振り返ってスイスって想像していた以上に優秀な人物を輩出してきたんだなと驚かれた読者もいるかと思います。

とはいえ、ご紹介したスイス人がノーベル賞を受賞した年が、何れも20世紀前半に集中していることから、スイスがそれぞれの分野で優れていたのは過去の話で、直近、特に2000年以降はノーベル賞を受賞していないのでは、との疑惑を抱いた方もいるのではないでしょうか?

実際のところ、スイスからは第1回から第21回の授与式で計8名と2つの団体がノーベル賞を受賞したものの、その後はしばらく受賞者が一人も現れない時期を迎えました。

そして、1945年から1953年の9年間だけでなんと8人の受賞者が続出する最盛期が訪れるも、1960年を機に再びノーベル賞がスイス人に贈られない期間が始まったのです。

しかし、1986年から1996年にかけて新たに5名の受賞者が出ましたので、スイスのノーベル賞受賞者に関してはその殆どが一定の時代に集中しているというよりも、短期間で複数の受賞が続いたり、全くなかったりの波を何度か繰り返してきたと言えます。

また、この傾向は21世紀に入ってからも同様に見受けられ、2002年のノーベル化学賞を除けば、スイスに対してノーベル賞が授与されることは一度もなかったのです。

ところが、2017年に低温電子顕微鏡法の開発でジャック・デュボシェ(Jacques Dubochet)がノーベル化学賞を受賞し、2019年にディディエ・ケロー(Didier Queloz)ならびにミシェル・マヨール(Michel Mayor)に太陽型恒星を周回する太陽系外惑星の発見でノーベル物理学賞が贈られました。したがって、スイス人が立て続けにノーベル賞を受賞する次なる波が今まさに訪れている状況ですので、ここ数年は更なる受賞者が現れることも大いに期待できるのではないかと思われます。

 

2019年にノーベル物理学賞を受賞したディディエ・ケロー(左)とミシェル・マヨール(右)(写真:European Southern Observatory、CC BY 2.0

 

ご紹介は以上になりますが、スイスのノーベル賞受賞者に関する状況をご理解いただけたでしょうか?

特に、1人当たりの受賞率が最も高いことや全分野でノーベル賞を少なくとも2回受賞しているなど、意外な事実の数々に驚かれた方も多いと思います。

しかし、私としては今回の記事を通してスイスのノーベル賞受賞者が過去に相当な人数がいたことを知っていただけたのであれば十分満足です。

また、その実績を踏まえて今後もノーベル賞がスイス人に贈られるかどうかを参考までに見届けていただけたら幸いです。

では

Bis zum nöchschte mal!

Birewegge

 

1出典:NHKニュースウェブ:

https://www3.nhk.or.jp/news/special/nobelprize/2023/feature/article_06.html

 


今回の対訳用語集

日本語 標準ドイツ語 スイスドイツ語
ノーベル賞 Nobelpreis

(ノベルプライス)

Nobelpriis

(ノベルプリース)

順次 der Reihe nach

(デア・ライエ・ナーハ)

de Reihe naa

(デ・ライエ・ナー)

一般的知識 Allgemeinwissen

(アルゲマインヴィッセン)

Allgemeinwüsse

(アルゲマインヴュッセ)

分野 Bereich

(べライヒ)

Beriich

(べリーフ)

根本から von Grund auf

(フォン・グルント・アウフ)

vo Grund uuf

(フォ・グルント・ウーフ)

続出する aufeinanderfolgen

(アウファイナンダーフォルゲン)

ufenandfolge

(ウフェナントフォルゲ)

最盛期 Blütezeit

(ブリューテツァイト)

Blüetiziit

(ブリュエティツィート)

繰り返す wiederholen

(ヴィーダーホーレン)

widerhole

(ヴィデルホレ)

開発 Entwicklung

(エントヴィックルング)

Entwicklig

(エントヴィックリグ)

太陽系 Sonnensystem

(ソンネンスィステーム)

Sunnesischtem

(スンネスィシュテーム)

 

参考ホームページ

ノーベル賞オフィシャルサイト:https://www.nobelprize.org

ノーベル賞博物館オフィシャルサイト:https://nobelprizemuseum.se

新チューリッヒ新聞:「これがノーベル賞を受賞した全てのスイス人」:https://www.nzz.ch/wissenschaft/das-sind-alle-schweizer-nobelpreistraeger-ld.1320041

 

Comments

(0 Comments)

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA