二重完了形はいつの話?

 

こんにちは。第三回目となる今回もドイツ語の多様性、とりわけ口語の豊かさの一つである二重完了形(ドイツ語:Doppelperfekt, Ultra-Perfekt)をテーマに、私の経験を交えてお伝えしたいと思います。

 

ドイツ語学習者の皆さんの多くは、ドイツ語の文法のうち時制について学んだ際に、「ドイツ語では、過去のことを話す時には現在完了形で表現する」と言われているのではないでしょうか。

私個人としては少々一般化しすぎた言い方なのではないか、と思うところはあり、過去形の出番が全くないわけではないので、是非学習者の皆様には過去形も一緒に覚えてもらいたいと願っているのですが、確かにドイツ人の方と「昨日こんなことがあってさー」なんていうおしゃべりをする際に、現在完了形の出番が非常に多いのは事実です。

逆に言えば、学習者である私たちが、この現在完了形をマスターすることができれば、ネイティブの人との会話の幅が広がり、ドイツ語を使う楽しみが増える、そんな文法事項であるとも言えるでしょう。

私がドイツで生活を始めて数ヶ月が経った頃、ドイツ語での会話には完全に慣れ、文法を気にしながら話すというよりは、むしろ会話の場や文脈に適した語彙選びの方に気が向くようになっていくという時期を迎えました。

その頃の私は「文法事項はもう問題ないし、分からないことはなくなったな」と、文法に関しては大きな自信を持っていました。

しかし、ドイツへ来て初めて聞いた上に、相当な頻度で会話の中に見られる文法事項を前にその自信は打ち砕かれます。

 

„Ich habe sie gesehen gehabt.“

 

„Ich habe sie gesehen gehabt.“ – 何の会話をしていたかはもう覚えていませんが、これが、私がドイツ語での会話の中で初めて耳にした二重完了だったことは忘れもしません。

この発話を聞いた時、その場で「ちょっと待って、今、haben + 過去分詞 + gehabtって言った?それ何の時制?」と聞く勇気はありませんでした。

話の腰を折ってまで聞くことではない、まずは一つのサンプルとして集めて、さらに他の人たちの発話からも見つけられるかどうかしばらく観察してみよう、と考えたのです。

一人の発話からのみだと、イディオレクト*単なる言い間違いなどの可能性もあるからです。

とはいえ、後者である可能性は低いであろうという予想は直感的にありました。

実際この一つの文例を得られた後、簡単に文法書やインターネットで調べてみると文法として存在することも確認できました。

よく見られる説明では、「南ドイツで過去形の代わりに使われるもの」「強調のために使われるもの」とありましたが、しばらくの間友人や知り合いの会話を観察し得られた例を話者の出身地や長く滞在した場所、あるいは文脈という観点で考察しても、必ずしもこの説明に当てはまるとは言えなさそうだったのです。

あらゆる地域の人々がどうやら使うようではあるが、発話者がどういう意図を持ってこの二重完了を使っているのか、というのは、文脈判断だけでは限界もあるので、使う本人たちに聞いてみるしかありませんでした。

そこで、二重完了がよく観察される周囲の人物のうち、自分の夫と、その夫の友人一人の話の腰を折って聞いてみることにしました。

(*イディオレクト:ある一個人が有する言語の総体。個人言語とも言われる。ある一個人特有の言語的特徴もあるが、その個人が属するコミュニティの成員に共通して見られる特徴も多い。)

 

 

話者の意図は…ズバリ、ない…

 

まず、二人の会話中に二重完了が出てきた瞬間に二重完了が出てきたこと、そしてその二重完了の内容は一体いつ起こった出来事を指すのかを聞いてみました。

聞かれた二人の反応というと「そんなこと言った?」という具合。

もう一度それまでの話の整理をした上で、現在完了での発話と二重完了での発話の間に時間的な差があるかどうかを確認しました。

„Ich habe sie gesehen gehabt.“を例にするなら、„Ich habe sie gesehen.“と言う場合と何か時間的な違いがあるのか、ということです。

すると、時間的な差はない、ということでした。

意図して二重完了を使っているわけではないということは最初の二人の反応から明らかだったため、強調という可能性はその時点でかなり薄かったのですが、もう一度それまでの話の流れを示し、二重完了による発言でその出来事が発話の中で重要で強調したかったことなのか、あるいは聞き手も重要な出来事であったという印象を受けるものなのか、と聞くと、そういうわけでもないということが分かりました。

二重完了について話の腰を折ってまで質問してみた結果、夫の中でかなり印象に残ったようで、今では私からのドイツ語の質問の例の一つとして必ず取り上げられるテーマとなりました。

そしてその話題が出ると、必ずドイツ語ネイティブの方々が一度考えてくれ、「いや、現在完了との時間的な違いはないし、特に何か強調したいというのもないね」と言われる、というところまでセットになりました。

ただ、二重完了についてよく見られる地域性と強調という説明というのも間違いではありません。

むしろもともとはそういった特性や機能を持っていたところからスタートし、人の移動や交流が広がり、使用頻度や文脈の拡張がされるにつれて、それらの役割が薄れ一般化・文法化していくというのは、言語変化の理論の中でも指摘されています。

現在は現在完了と共生しているように見えますが、今後どのようになっていくのか、引き続き観察したいと思います。


参考資料:

https://www.spiegel.de/kultur/zwiebelfisch/zwiebelfisch-das-ultra-perfekt-a-295317.html

 

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