スイスを代表する動物:アルプスマーモット

 

突然ですが、皆様はそれぞれの国を象徴する動物が存在することをご存知ですか?

もちろん、全ての国がそのような動物を有している訳ではないものの、基本的には大多数の国や地域が何らかの動物を自身のシンボルとしています。

有名な例としては、オーストラリアのカンガルー、中国のジャイアントパンダ、そしてアメリカ合衆国のハクトウワシなどがあります。

また、特定の動物をいわゆる「国獣」または「国鳥」に定めている国や、非公認のまま象徴にされているケースも少なくありません。

というのも、日本はキジを国鳥に指定している一方、が日本航空(株)の機体の垂直尾翼に描かれていることもあって、特に外国人からすれば鶴が日本のシンボルであるとの印象を受けます。

それと同様に、スイスも様々な製品や意匠でを国の象徴にしていますが、国家としてスイスは国獣も国鳥も指定していないのが現状です。

実際のところ、スイス国内では地域を問わずどこでも牛に出会えますし、アルプスで放牧している姿は定番の光景です。

しかし、牛は全ての大陸に生息し、数量的に見れば頭数が最も少ないのがヨーロッパ大陸であることから、スイスを象徴する動物と位置付けるには少々無理があります。

むしろ、スイスらしさで言えば、生息地がアルプス山脈に限定されていて、他の国では殆ど見かけない動物がいくつかございます。

中でも、アルプスマーモットは古来よりスイスの山々の代表的な住人であり、国民を始め、観光客の間でも高い人気を誇るので、個人的にはそれをスイスの国獣にすべきだと考えます。

という訳で、今回はスイスの国獣に匹敵すると言っても過言ではないアルプスのマスコット的存在についてご紹介いたします。

 

 

アルプスを生息地とする動物たち

 

ご存知の通り、動植物を含む全ての生き物の生息地は、それぞれの環境に適応するか否かで決まります。

そして、環境への適応を決定付けるものとしては気候が最大の要因ですが、いわゆるニッチと呼ばれる複数の生物が、同じエリアで食料の確保を争う際の優位性を指す生態的地位も重要です。

したがって、現在世界各地に存在する動植物は偶然ではなく、必然的に特定の地域を生息地としており、4000メートルを超える山々が連なるアルプス山脈も例外ではありません。

アルプスは西から東へフランス、モナコ、イタリア、スイス、リヒテンシュタイン、ドイツ、オーストリア、ならびにスロベニアの計8カ国に跨るヨーロッパ最大の山脈で、所々には氷河化も見受けられることから独特の生物相を誇ります。

一部の動植物に関しては他の地域でも目撃され、生活圏がアルプスに限定されていませんが、中にはアルプスにしか生息しない固有種も存在するのです。

特に、「アルプス○○」とい名称が付いている生き物がそれに該当し、代表的な例としては最長1メートルにもなる曲がった角が特徴的なアルプスアイベックス(学名:Capra ibexや、カモシカの仲間であるアルプスシャモア(学名:Rupicapra rupicapra rupicapraなどが挙げられます。

それ以外にもアルプスサラマンダー(学名:Salamandra atra atraと呼ばれるイモリの一種に加え、アルプス山脈でのみ見かけるライチョウの亜種(学名:Lagopus muta helveticaもあり、哺乳類だけでなく、両生類から鳥類まで実に様々な種類の野生動物が揃っています。

そして、それらの間でもその愛くるしい見た目でとりわけ人気者になっているのが、今回皆様にも知っていただきたいアルプスマーモット(学名Marmota marmotaです。

 

森林限界以上の標高に住んでいる大型のジリス

 

日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、名前からも推測できるように、アルプスマーモットはアルプス山脈に住むマーモットのことです。

マーモットとは齧歯目リス科マーモット属に含まれる15種類の動物の総称で、有名なものとしては北米大陸に広く分布しているウッドチャック(学名:Marmota monaxなどがあります。

また、マーモットは北半球の寒帯や温帯地方にのみ生息しており、基本的には草原や平野部が生活圏である一方、山岳地帯に生息する種類もいくつか存在します。

アルプスマーモットに関しては完全に後者に該当し、アルプス山脈とそれに隣接する高山地帯の他、カルパティア山脈タトラ山脈、ならびにピレネー山脈で見かけます。

さらに、アルプスマーモットは一般的にそれぞれの地域の森林限界以上から氷河の麓までの標高にしか住まず、人間によって森林が常時伐採される開墾地であれば、それ以下の標高でも目撃されることはあるものの、それは非常に稀なケースです。

その理由としては、暑さに弱い体質が挙げられます。アルプスマーモットは氷河期を生き延びた変温動物であることから、熱に上手く対応できず、体温が一定の温度を超えると熱痙攣を引き起こし、場合によっては全身が硬直して死んでしまうのです。

したがって、標高3000メートル以上でも問題なく生きていける一方、800メートル以下の標高で姿を現すことはありません。

見た目に関しては頭胴長が47~57センチに加え、尾長が17~22センチで、マーモットのみならず、リス科の中でも最大のサイズを誇るので、簡単に言えば大型のジリスです。

被毛の色は様々ですが、基本的に暗褐色、淡灰黄色、または赤褐色が多く、頭部は黒っぽいのに対し、鼻口部、腹部、および脇腹は明るい色合いになっているという特徴が見受けられます。

そして、アルプスマーモットのトレードマークとも言えるのが、筋肉質の上肢帯と指先に備えている大きな鉤爪です。

というのも、アルプスマーモットは岩の多い土壌の地中深くに巣穴を掘る習性を持っており、巣穴は天敵から身を守ったり、気温の高い時間帯に避難したりするためにも必要なため、力強い手足が不可欠なのです。

 

 

最低でも半年以上は冬眠する、高度の社会性を有する動物

 

続いて、マーモットを語る上で忘れてはならないのが、種類を問わず冬眠することです。

冬眠する期間は大体6~7カ月で、一部の種類においてはそれがなんと9カ月に及ぶこともあります。

アルプスマーモットに関しては冬眠期間10月から3月もしくは4月までの6~7カ月で、高原の放牧地が雪に覆われて食料を確保できない時期と被りますが、冬眠の開始と終了は雪の有無に関わらず内因的に体内時計によって左右されます。

また、マーモットの中には上述のウッドチャックのように個体で生活する種類も存在するのの、殆どはいわゆる「コロニー」を形成して集団生活を営むのが一般的です。

コロニーで暮らす個体数とその構成は種類によって異なり、アルプスマーモットの場合は支配的な繁殖ペアを筆頭に、様々な年齢の子どもがいて、最大20頭が集まる集団を成します。

コロニーのメンバー同士であればお互いに毛づくろいをしたり、じゃれあったりすることが頻繁に目撃されますが、別のコロニーの個体に対しては非常に攻撃的で、尾を叩きつけたり歯を鳴らしたりするなどの威嚇行動を取って追い払います。

さらに、アルプスマーモットはとても警戒心が強く、巣穴の外で行動する際は常に周囲を監視して、イヌワシやアカギツネなどの捕食者を目撃すると、大音量でホイッスルのような警告音を発し、コロニーのメンバーに避難の合図を送るのです。

したがって、アルプスマーモットは集団意識が非常に高く、社会性が高度に発達した動物であると言えます。

食性については植物食であることから、アルプスの高原地帯に自生するハーブや草の葉と種子が主な食糧です。

冬眠直後は本来の体重を取り戻すためにあらゆる種類の若い芽を食べる一方、その後はセルロースが少なく不飽和脂肪酸が豊富な、ゲンゲ属またはヤエムグラ属の植物を優先的に摂取する傾向が見受けられます。

 

じゃれ合う姿が何とも愛くるしいアルプスマーモット(写真:MatthiasKabel、CC BY- SA 3.0

 

スイスでは古くから人々の生活と関わりが深い動物

 

アルプスマーモットの生態についてのご説明が少し長くなりましたが、皆様からすればむしろ人間との関係や、希少性などその存在自体がどのようなものなのか気になりますよね?

単刀直入に言いますとアルプスマーモットは、日本におけるニホンザルようにそこらへんにいる身近な動物です。

というのも、人間とは住む場所が異なるものの、山に登ってそれらの生活圏に行けば高確率で出会えます。

また、一部に関しては自然公園等で生活しており、多少人間慣れしているものも少なくない一方、ペットとしてはなかなか飼いにくいのが現状です。

さらに、京都の嵐山モンキーパークみたいに、アルプスマーモットの餌やり体験が可能な施設や、野生のコロニーに会いに行くハイキングツアーを実施する自治体もあります。

そして、アルプスマーモットは古くから狩猟対象の動物として知られており、ドイツなどでは数が激減し、絶滅の危機に瀕していることを踏まえて狩猟が禁止されていますが、スイスでは時期と数量を限定して、現在も年間数千匹が捕獲されているのです。

その理由には増殖しすぎると農牧地がアルプスマーモットの掘る巣穴によって被害を受けるため、適切な個体数管理が必要であることが挙げられます。

それ以外にもマーモットの脂肪にコルチゾンなどのステロイドホルモンが含まれており、リウマチや関節痛に効く民間薬としての需要がある他、特にスイス南東部では、アルプスマーモットの肉を使った伝統的なジビエ料理があるのも有名です。

毛皮に関しては狩猟ができない冬眠時にのみ密度が細かくて保温効果の高い冬毛を身に付け、捕獲が可能な期間には粗目で通気性の良い夏毛が生えているので、コートなどに加工するには不向きで人気が殆どありません。

とはいえ、スイス人にとっては馴染みのある動物であるが故に、鞄やアクセサリーの素材に使用されることが少なくないです。

したがって、アルプスマーモットは様々な意味でスイス人の生活と深い関わりを持つ親しい存在であると言えます。

 

スイスのマスコット的存在

 

今までの話だけでも、アルプスマーモットがスイス人にとって如何に近しい動物であるかをご理解いただけたと考えますが、その可愛らしい姿と時折見せる人懐っこい性格は国民のみならず、外国人の心までも鷲掴みにして、正にスイスのマスコット的存在であると言っても過言ではありません。

例えば、スイス南西部のヴァレー州(Canton du ValaisまたはKanton Wallis)に位置するサースフェー(Saas Fee)ツェルマット(Zermatt)などの有名観光地は、冬にウィンタースポーツ、夏にハイキングやロッククライミングが盛んで、年間を通して多くの観光客を惹きつけ、中には野生のアルプスマーモットを一目見たくて訪れる方も多いです。

また、そういった観光地のお土産屋さんにはぬいぐるみを始め、アルプスマーモットの様々なグッズが販売されており、その人気の高さを物語っています。

特に、スイスらしさを強調した民族衣装を着たぬいぐるみは、外国人の間で定番のお土産のひとつです。

さらに、国外では殆ど知られていませんが、スイスにはなんと「ムルミ」(Murmi)と呼ばれるアルプスマーモットに因んだ非公認のゆるキャラまで存在します。

ムルミは元々スイスのとある芸人が作った2本足で歩くオレンジ色のアルプスマーモットで、「ムルミの冒険」(Murmis Abenteuer)という全国のローカル局で14年にわたって放送された子供向け教養番組の主人公でした。

テレビ以外にも各地のイベントに登場したり、子供のお誕生日に呼んだりできるキャラクターとして一躍有名となり、幅広い世代で放送が終了した現在も愛され続けています。

日本に例えるとNHKでお馴染みの「いないいないばあっ!」に出てくる「ワンワン」ほど全国的に知名度が高くて人気のキャラです(声と性格も若干ワンワンに似ています(笑))。

このように、スイスに国民的なゆるキャラがいたと言う事実だけでも衝撃ですが、それがよりによってアルプスマーモットをモデルにしたものであることにも驚きですよね?

しかし、これはアルプスマーモットがスイスを代表するマスコットのような動物であるとご理解いただければ決して不思議なことではありません。

 

 

今回は久しぶりに動物に関するお話をさせていただきましたが、楽しんでいただけたでしょうか?

日本にはマーモットが生息していないことから、皆様の中には名前を聞いたことがあっても、その生態などについてはあまりご存知でない方も少なくないと思いますので、本記事がその存在を詳しく知るきっかけになったのであれば幸いです。

また、触れ合えるだけでなく餌やりまでできる野生動物は比較的珍しいため、スイスを訪れた際は、アルプスマーモットに会いに行くことをひとつの目標にしては如何ですか?

特に、アルプスの草原で身体を伸ばして垂直に立つ姿や遊んで芝生を転がる光景は必見で、皆様もその可愛らしさのあまりに虜になることは間違いありません。

そして、一度実物を見れば私が個人的にアルプスマーモットをスイスの国獣にすべきであると主張していることにもご納得いただけますので、ご興味のある方は是非ご検討ください。

では

Und täglich grüßt das Murmeltier!

Birewegge

 

今回の対訳用語集

日本語 標準ドイツ語 スイスドイツ語
マーモット Murmeltier

(ムアーメルティアー)

Murmeli / Mungg

(ムルメリ/ムンク)

生息地 Lebensraum

(レーベンスラウム)

Läbänsruum

(レベンスルーム)

氷河化 Vergletscherung

(フェアーグレッチェルング)

Vergletscherig

(フェルグレッチェリク)

固有種 einheimische Art

(アインハイミシェ・アート)

iiheimischi Art

(イーハイミシ・アルト)

哺乳類 Säugetier

(ソイゲティアー)

Sügetiär

(スューゲティエル)

齧歯類 Nagetier

(ナーゲティアー)

Nagetiär

(ナゲティエル)

草原 Steppe

(シュテッペ)

Schteppi

(シュテッピ)

森林限界 Waldgrenze

(ヴァルトグレンツェ)

Waldgränzi

(ヴァルトグレンツィ)

ジリス Erdhörnchen

(エアートヘルンヒェン)

Erdhörnli

(エルトヘルンリ)

鉤爪 Kralle

(クラッレ)

Chralle

(フラレ)

 

参考ホームページ

スイス国立公園オフィシャルサイト:国立公園内に生息する動物

https://nationalpark.ch/natur/tiere/

グラウビュンデン州オフィシャルサイト:グラウビュンデンの野生動物ビッグ5

https://www.graubuenden.ch/de/graubuenden/allgemeine-informationen/tiere

スイス国立公園オフィシャルサイト:マーモット

https://nationalpark.ch/flora-und-fauna/murmeltier/

スイスアルペンクラブオフィシャルサイト:アルプスマーモット

https://www.sac-cas.ch/de/die-alpen/das-alpen-murmeltier-15023/

サースフェー村オフィシャルサイト:夏の家族アクティビティ「マーモット」

https://www.saas-fee.ch/de/familie/sommer/familienaktivitaeten-im-sommer/murmeltiere

 

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