スイスが世界に誇る航空救助隊「レガ」

 

皆様は目の前でいきなり交通事故が起きたり周りの人が突然倒れたりしたら、当然119番通報をして真っ先に救急車を呼びますよね?

もちろん、国や地域によって緊急通報用電話番号が異なりますが、この手順は場所を問わず世界共通であることから、例え旅先であっても取るべき行動は変わりません。

そのため、緊急時に一刻も早い救急車の要請を行うためには、それぞれの場所で使用されている緊急通報用の連絡先を事前に把握しておくことが極めて重要です。

スイスでは救急車が必要な際の連絡先が144番ですので、これからスイスを訪れる予定のある方は必ずこの3桁のナンバーを覚えて現地に行くようにしてください。

ただし、これはあくまで自宅や街中など一般的に救急車による救助活動が可能である場合に該当し、自動車の通行が困難な現場に関しては、救急車を手配しても一向に助けが来ないこともあり得ます。

例えば、水難事故が起きた際、日本では119番に連絡しても対応が難しいことから、118番で海上保安庁に連絡した方が得策です。

スイスに海はないものの、救急車の行く手を阻む標高4000メートルを超える山々や険しい地形が多いため、登山やスキーに関連する事故においては1414番に電話して、「レガ」(REGA)の名で知られる航空救助隊を呼びます。

航空救助隊と言えばドクターヘリをイメージする人も少なくないと思いますが、スイスの航空救助隊は単にそれだけには留まらない人命救助に特化した組織で、世界的に見ても類を見ない「医療団体」であるといっても過言ではありません。

したがって、今回はそんなスイスが世界に誇る「レガ」について色々とご紹介させていただきます。

 

全国どこでも15分以内に到着する救助隊

 

日本では山下智久主演のテレビドラマ「コード・ブルー」の影響もあって、人命救助の手段としてヘリコプターを使用する航空救助隊があることが広く知られるようになりましたが、実際に活動中のドクターヘリを見たり、患者として乗ったりしたという人は殆どいないのではないでしょうか?

それに対してスイスではレガのヘリコプターを国内でかなり高頻度に目撃する機会があり、知り合いの中に「レガに助けてもらったことがある」との経験を持つ方がいるのも決して珍しくないほど身近な存在です。

また、職場の防災訓練や運転免許の取得に際しての応急処置訓練でも、救急車の144番と並んでレガの1414番を緊急連絡先として覚える教育が徹底されており、レガはスイスにおける人命救助を支える大黒柱であるとも言えます。

そんなレガが全国的に厚い信頼を受けて頼りにされている理由としては、特にスピーディーさに加えて、その対応力が挙げられます。

レガはスイス国内であれば如何なる場所であっても通報を受けてから15分以内に現場に到着できる体制を整えており、救命、医療、ならびに飛行の最新技術を用いて、病院以外では難しい様々な処置を事故現場で行うことが可能です。

万が一、内容が特殊過ぎて自身の手に負えない場合は、対応できる専門医や医療機関をすぐさま確保して患者を適切な治療が受けられる場所にいち早く搬送する、もしくは専門医療チームを患者の基へ派遣する方向で調整を進めるなど、つなぎ役としてその技術とインフラを提供します。

つまり、命を救うために不可欠ならできる限りの努力をするのがレガの理念であり、過去にはレガだからこそできたと言われる数々の功績を残してきました。

そして、一番驚くべきなのは、レガが消防庁のように国の機関でもなければ、政府や自治体からの補助金を受けている団体でもない、完全に独立した民間組織であるという事実です。

 

スイスでは度々目にするスキー場で救助活動を行うレガ (写真:martin_vmorris、CC BY-SA 2.0

 

70年にわたる人命救助の実績

 

レガは昨年、創立70周年を記念してスイス各地で様々なイベントを通じてこれまでの歩みと成果を振り返り、今やスイスにとってなくてはならない存在であることが改めて認識されましたが、これまでの道程は決して簡単なものではありませんでしたし、そもそも設立のきっかけとなったのが、とある苦い経験でした。

今から77年前の1946年に、ドイツからフランスに向かっていたアメリカ軍の高官を乗せた軍用機が乱気流によりスイス上空で消息を絶つという事件が起きました。

6日間にわたる捜索の結果、軍用機はベルン州(Kanton Bern)南東部に位置するガウリ氷河(Gauligletscher)に不時着したことが判明しました。

そこで、アメリカ軍はすぐさま150人の山岳兵をその救助に向かわせたものの、多くの危険が潜む冬場の氷河といった過酷な環境に加え、悪天候にも見舞われ、救出を断念せざるを得ませんでした。

また、アメリカ軍とは別にスイス政府も陸軍を派遣し、2名の兵士が何とか事故現場に辿り着くことができましたが、被害者を徒歩で搬送するのは極めて困難であるという結論に至りました。

そして、スイス空軍が最後の手段として飛行機による救助を試みたところ、氷の傾斜面であったにも拘わらず、なんと事故現場近くの着陸に見事成功し、乗客12名全員を無事に保護したのです。

これは高山における史上初の航空救助事例だったため、「奇跡の救出劇」として世界中で注目を浴びました。

その一方で、救助活動を専門に行うスイス赤十字社の下部組織である公益団体スイス人命救助協会(Schweizerische Lebensrettungs-Gesellschaftは、この事故で要請がかかることもなく、ただ軍隊の救出劇を見守ることしかできなかったことで、自身の無力さを見せつけられた思いでした。

そこで、当協会は如何なる事故にも対応可能な体制を整えるためには航空機の使用が欠かせないことを議論し、1952年に航空救助支部を新設することを決定しました。

設立に伴い、航空救助に従事する救助隊員をイギリス空軍の訓練に参加させ、航空機の操縦からパラシュート降下まで現場で必要なあらゆるスキルを身に付けさせ、1952年にその活動を開始したのです。

それからしばらくして航空救助支部はスイス人命救助協会から分離独立し、1979年に組織の再編を経て公益財団法人スイス航空救助隊(Schweizerische Rettungsflugwachtとして新たに始動します。

改名当初は「SRFW」という略語を使用していましたが、1980年にドイツ語およびフランス語で航空救助隊を指すRettungsflugwacht」と「Garde aérienne」の最初の2文字を取って、今日広く知れわたっている「REGA」の名義に変更しました。

 

全世界が活動範囲

 

現在のレガはスイス全国の14箇所に、救助隊員が常駐し、ヘリコプターが配備されている拠点を運営しており、日々救助活動に当たっています。

数字だけを聞いてピンと来ない方も多いと思いますが、スイスの国土は九州の面積とさほど変わらず、現時点で九州全域にドクターヘリが配備されている場所が僅か8カ所1であることを考慮しますと、拠点が比較的高密度に配置されたネットワークを有していることが窺えます。

また、チューリッヒ国際空港の近くには24時間体制で通報を受け付けて救助隊員のコーディネートから搬送先の手配までの一連の業務を担うレガセンター(Rega-Center)兼本社があり、各拠点の負担を軽減すると同時に救助活動の効率化を図っております。

このような組織構造があるが故にレガは全国どこへでも15分以内に到着し、それぞれの患者や状況に臨機応変に対応して適切な処置を取ることが可能なのです。

しかし、レガの凄いところはその活動範囲がスイス国内に限定されておらず、必要な場合は国外にも救助に向かうことです。

というのも、レガはヘリコプター以外にも患者輸送用の飛行機を計3機保有しており、国外で事故や災害に見舞われ、現地で適切な医療を受けることが難しい患者を自身の輸送機でスイスに帰国搬送するサービスも行っています。

今となっては飛行機を使用する航空救助隊は決して珍しくありませんが、レガに関しては1973年に患者輸送機を世界で初めて導入した民間団体であり、その50年の導入実績において、救助ないし医療の常識を何度も覆しました。

例えば2009年には、別の医療機関への移動が危険すぎると言われていた体外式膜型人工肺(ECMO)が必要な患者を世界で初めて他国に搬送しただけでなく、その翌年にはなんとECMOを要する患者を乗せて大西洋まで横断したのです。

さらに、2004年に発生したスマトラ島沖地震で被災したスイス人60名を1週間以内に帰国搬送すると、2005年にトルコで起きた観光バス事故の負傷者35名を僅か48時間でスイスの病院に搬送しました。

したがって、レガは要請さえあれば、世界のどこへでも駆け付け、現地が自然災害によってあらゆる機能がマヒした非常事態になっていたとしても、一刻も早い人命救助に全力を尽くす航空救助隊なのです。

 

レガが帰国搬送のために使用するジェット機「ボンバルディア チャレンジャー650」 (写真:Markus Eigenheer、CC BY-SA 2.0

 

スイス人の4割以上がレガの支援者

 

このように、レガは単にドクターヘリに留まらず、世界的に見ても類を見ないかなり特殊な医療集団と言えますが、それが政府の機関でも国の支援を受けている組織でもない民間団体であるのはなかなか信じがたいですよね?

しかも、レガは提供するサービスに対してそれなりの対価を得たり、加入者から毎月一定の月額を受け取ったりして経営が成り立つ一般的な民間企業とも異なり、必要な全ての経費をなんと寄付金のみで賄っているいわゆるNPOであることに最も驚きます。

レガが保有するヘリコプターと輸送機の数に加え、最先端医療ならびに最新技術の設備を考えれば、寄付金だけでの運営は相当無理があるのではないかと思われがちですが、実はレガにはその経営を支えるいくつかの仕組みがあります。

まず、スイスでは日本と同様に健康保険への加入が法律で義務付けられていることから、レガによる医療サービスは病院の治療費と同様に各種保険会社や患者の自己負担になっており、事業における基本的な費用は回収できる状態です。

また、寄付金に関しては投資家など特定の利害関係者のみに頼らず、消費者であるスイスの国民にも金銭的な支援を呼び掛けているのが最大のポイントです。

レガは成人1人当たり年間40スイスフラン(約6,400円)を最低金額として設定して寄付を募集しており、寄付をしてくれた人はその後レガを利用する際に、保険適用外のサービスが全て無料になるという特典が受けられる制度を設けています。

僅かな金額を寄付すれば多くの命が救われるという事実だけでもレガを支援すべき十分な理由になりますが、いざという時に自分自身が世界中どこにいてもヘリコプターまたは飛行機でスピーディーかつ最先端の医療を受けながら救急搬送され、それが治療費の自己負担額のみで済むことは、これ以上なく魅力的な見返りです。

したがって、レガを積極的に支援したいスイス人もかなり多く存在し、レガの会員数は2020年時点で360万人を超えていました2

これはスイスの全人口の40%以上(!)に相当し、その数は現在も年々増える傾向にあります。

しかも、未成年者は寄付をしなくても会員登録が可能なため、子供だけでも会員にする親や、世帯でレガの支援者になる家庭も少なくありません。

つまり、レガが民間組織でありながらも寄付金のみで成り立っている秘訣は、国民の半分弱を強力な味方に付けていることにあったのです。

 

 

以上がレガに関するご紹介になりますが、如何だったでしょう?

航空救助隊にしては活動範囲が広すぎることや、時には人命救助を第一に考えるが故に常識外れの行動を取ることなど、レガには色々な意味で感心された方もいると思います。

私自身にとっては、必要になった際にこれほど信頼できて頼りになる存在はなかなかないので、レガは正にスイスが世界に誇る救助隊です。

幸いにもレガを呼ばなくてはならない状況に遭遇したことはないものの、必要性が生じれば真っ先に1414番に通報する心の準備は常にできています。

したがって、皆様もスイスで登山やウィンタースポーツをご堪能されて、ご自身またはご家族、友人、知り合いに思いもよらぬ緊急事態が発生したら、迷わずにレガに助けを求めるべきであることを念頭に置いてください。

会員でなければ高額な費用を請求されるのではないかと気にしてレガを呼ぶことを躊躇う人もいるかもしれませんが、かけがえのない命が懸かっている時にお金の節約を選択する理由は、はっきり言ってどこにもありません。

さらに、スイスにおいては救助を必要とする人のために救急車の要請を怠れば、逆に刑法典第128条により不救助罪(Unterlassung der Nothilfe)で3年以下の懲役または罰金刑を言い渡される可能性の方が高いので、人が困っている時は必ず正しい行動を取ることを推奨します。

では

Bis zum nöchschte mal!

Birewegge

 

1出典:認定NPO法人救急ヘリ病院ネットワークHEM-Net:https://hemnet.jp/know-base

2出典: 2020年度のレガ年次報告書:https://www.rega.ch/fileadmin/seiteninhalt/4_Aktuell/2_Publikationen/2_Jahresbericht/Rega_Jahresbericht_2020_de.pdf

 


今回の対訳用語集

日本語 標準ドイツ語 スイスドイツ語
救急車 Krankenwagen

(クランケンヴァーゲン)

Chrankewage

(フランケヴァゲ)

緊急通報 Notruf

(ノートルーフ)

Notruef

(ノートルエフ)

海上保安庁 Küstenwache

(キュステンヴァッヘ)

Küschtewach

(キュシュテヴァッハ)

人命救助 Lebensrettung

(レーベンスレットゥング)

Läbäsrettig

(レベスレッティク)

登山 Bergsteigen

(ベルクシュタイゲン)

Bergschtiige

(ベルクシュティーゲ)

災害訓練 Katastrophenübung

(カタストローフェンユーブング)

Kataschtophenüebig

(カタシュトローフェンユエビク)

運転免許 Führerschein

(フューラーシャイン)

Füererschii

(フュエレルシー)

飛行機 Flugzeug

(フルークツォイク)

Flugzüüg

(フルクツューク)

健康保険 Krankenversicherung

(クランケンフェアスィッヒェルング)

Chrankeversicherig

(フランケフェルスィッヘリク)

寄付金 Geldspende

(ゲルトシュペンデ)

Gäldschpändi

(ゲルトシュペンディ)

 

参考ホームページ

レガ(スイス航空救助隊)オフィシャルサイト

https://www.rega.ch

スイス歴史辞典:スイス航空救助隊(レガ)

https://hls-dhs-dss.ch/de/articles/045850/2011-10-28/

スイス人命救助協会オフィシャルサイト

https://www.slrg.ch/de

 

 

 

 

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