スイスドイツ語講座その12:食べ物(前編)

 

過去に、ビールを注文する際にスイスとドイツで言い方が異なることに言及しましたが、これまでのスイスドイツ語講座をご愛読なさっている方であれば、飲み物にだけでなく、様々な分野において同様なケースが存在することにお気付きになっているかと思います。

もちろん、相手との意思疎通が可能であれば、細かい違いに困ることは基本的になく、自分が求めたものと全く別の品が出てくるのは非常に稀です。

しかし、スーパーなどでは必ずしも言葉が通じる相手がいるとは限らず、パッケージの記載や標識等のみを頼りにするしかありません。

つまり、コミュニケーションがそもそもできない場面では、結局、自分が欲しいものを諦めてしまうか、内容を把握していないまま直観に基づいて選択を行うことになります。

そのような出来事で未知との遭遇を体験するのも海外旅行の楽しみのひとつであるとの考え方がありますが、分からないものには一切手を出さないという慎重派であれば、時と場合によっては行動しにくくなってしまいます。

特に食事は取らない訳にはいきませんので、一定の知識を身に付けておいた方が断然得です。

したがって、今回はスイスでの腹ごしらえに困らないためにも、スイスドイツ語における食べ物の言い回しについて色々とご紹介させていただきます。

 

ドイツのFeldsalat、オーストリアのVogerlsalat、スイスのNüsslisalat

 

食べ物の話をする際、日本の皆様が一番関心を置いているのは、やっぱりヘルシーで美味しい「野菜」ではないでしょうか?

雪国であるスイスは残念ながら日本ほど青果物の種類が豊富ではありませんし、味においても劣りますが、シーズンに応じてそれなりに旬の食材が味わえます。

例えば、ヨーロッパ全土で冬野菜として代表的なものに、若葉をサラダにして食用する「ノジシャ」(野萵苣)があります。

ノジシャは11月から3月にかけて、スーパーの野菜売り場をはじめ、多くのレストランでも前菜としてメニューに並び、国によって実に様々な名称が付けられています。

標準ドイツ語では主に「フェルトザラート」(Feldsalat)と呼び、「ラプンツェル」(Rapunzel)の愛称でも知られている一方、オーストリアでは「フォーゲルルサラート」(Vogerlsalat)と言い、スイスに行けばなんと「ニュッスリサラート」(Nüsslisalatが一般的な名前なのです。

ドイツ語圏の住民であればこのレベルの違いに慣れている方も多いのですが、外国から訪れた人なら、ドイツ語の上級者であってもそれらが同じ野菜を指している認識は全くなく、戸惑うことも少なくありませんので、注意する必要があります。

また、同じ冬野菜で、サラダまたはスープ、そしてボルシチの具材にして食べられるビーツことテーブルビートに関しても、似たような状況が見受けられます。

標準ドイツではビーツに「ローテ・ベーテ」(rote Bete)の名称を当てているのに対して、スイスドイツ語はそれに何の類似性もない「ランデ」(Randeという言葉を使用しているのです。

同じドイツ語圏でありながら、どのような経緯でこんな違いが生じたかは不明ですが、ドイツやオーストリアでも複数の方言で「ランデ」に近い表現が確認できることを考慮すると、むしろスイスドイツ語バージョンが本来の呼び名で、標準ドイツ語の「ローテ・ベーテ」は後からできた呼称であると推測されます。

 

地域によってフェルトザラート、フォーゲルルサラート、ニュッスリサラートになるノジシャ

 

Zucchini?それともZucchetti?

 

ノジシャやビーツはそもそも日本人にとってさほど馴染み深いものではないので、言い方に差異があっても特に困ることはないし、メジャーな食材に関しては大した違いはないと考える人もいるでしょう。

しかし、今までのスイスドイツ語講座をフォローしてくださったのであれば、両者の相違点がそんなレベルに留まらないことをご承知の筈です。

そのため、皆様が良くご存知で毎日のように食べている野菜における名称の違いもいくつか挙げさせていただきます。

まず、代表例として覚えていただきたいのが「人参」です。

人参はドイツ国内でも呼び名が統一されていませんが、基本的に「メーレ」(Möhreまたは「カロッテ」(Karotte)が使われており、オーストリアでも後者がほぼ全域で流通しています。

ところが、スイスではそのどちらも耳にすることはなく、「リュエブリ」(Rüebli)という独自の名前で扱われているのです。

この違いは「メーレ」や「カロッテ」が単にノラニンジンの植物名であるのに対し、スイスドイツ語のネーミングは人参が根菜(ドイツ語で「リューベ」(Rübe))の一種で、大根などに比べてサイズが小規模なため、「小さい根菜」という発想に基づいていることに由来します。

また、イタリア料理の定番具材である「ズッキーニ」に関しても興味深い差異が見受けられます。

ズッキーニは元々北アメリカ原産と言われていますが、16世紀にヨーロッパに持ち込まれ、イタリアを中心に広まったことから、世界中でイタリア語の名称で知られるようになりました。

したがって、ドイツ語圏でも発音が少し訛って「ツッキーニ」(Zucchini)と称されるものの、スイスではなんと「ツゲッティ」(Zucchetti)と呼んでいるのです。

どちらもイタリア語から受け継いだ単語ですが、前者のツッキーニ標準イタリア語の言い方で、後者のツゲッティはイタリア北部の方言の「ツッケッティ」を語源としています。

つまり、同じものに対して地域によって名前を「歌舞伎揚げ」と「ぼんち揚げ」に分けているような現象が、ドイツ語圏におけるズッキーニで起きているのです。

 

ドイツでは「ツッキーニ」、スイスでは「ツゲッティ」と呼ばれるズッキーニ

 

ペペローニ問題

 

続いて、標準ドイツ語とスイスドイツ語の違いを語る上で忘れてはいけないのが唐辛子属の食材です。

唐辛子はピーマンから鷹の爪やハラペーニョまで種類が非常に多く、名称についてもややこしい点が少なくありません。

標準ドイツ語では主にピーマンのようなサイズが比較的大きい品種を「パプリカ」(Paprika)、サイズが小さいものを「ペペローニ」(Peperoni)と称します。

しかし、ここでわざわざ採り上げるだけあって、スイスドイツ語ではもちろん言い方が異なります。

大小による分類は同じであるものの、スイスでは大きい方を「ペペローニ」(Peperoni)、小さい方を「ペペロンチーニ」(Peperoncini)と呼ぶのが一般的です。

ここで、「ペペローニ」が2回登場したことに戸惑った人もいるのではないでしょうか?

ドイツとオーストリアでは小さくて辛い品種を「ペペローニ」と言い、スイスでは大きくて甘みのある品種に対して「ペペローニ」の名前を当てています。

これは流石に混乱しか招かないので、何とかすべきであるとの指摘が入っても仕方ありません。

とはいえ、唐辛子に関しては、スイスドイツ語のペペローニとペペロンチーニの分け方はイタリア語からそのまま流用したもので筋が通っており、むしろペペローニをイタリア語、パプリカをハンガリー語から借用した標準ドイツ語のネーミングがいい加減で不適切であると言えます。

しかし、アメリカに行けばピーマンとは無関係なサラミソーセージの一種を「ペパロニ」(Pepperoni)と名付けていることを考慮すれば、ペペローニはもはやドイツ語圏のみならず、それ以外の地域も含めて紛らわしい単語であると言わざるを得ませんので、外国語学習者としては、そういった特殊なケースに上手く対応するしかないです。

 

 

 

さて、今回は食べ物と言いながらも野菜が主役の内容になってしまいましたが、お肉、お菓子、フルーツなどその他の分野にも同様なスイスドイツ語とドイツ語の違いが数えきれないほどあります。

全てをご紹介するには少々無理があるものの、観光または出張でスイスを訪れた際に触れる可能性が極めて高い食材や料理だけでも採り上げておきたいと思います。

したがって、次回のスイスドイツ語講座でも再び食べ物に関するお話をさせていただきますので、引き続きよろしくお願いいたします。

 

では

Bis zum nöchschte mal!

Birewegge

 


今回の対訳用語集

日本語 標準ドイツ語 スイスドイツ語
海外旅行 Auslandsreise

(アウスランツライゼ)

Uslandsreis

(ウスランツライス)

冬野菜 Wintergemüse

(ヴィンターゲミューゼ)

Wintergmües

(ヴィンテルグミュエス)

前菜 Vorspeise

(フォアシュパイゼ)

Vorschpiis

(フォールシュピース)

ノジシャ Feldsalat / Rapunzel

(フェルトザラート/ラプンツェル)

Nüsslisalat

(ニュッスリサラート)

ビーツ rote Bete

(ローテ・ベーテ)

Rande

(ランデ)

人参 Möhre / Karotte

(メーレ/カロッテ)

Rüebli

(リュエブリ)

ズッキーニ Zucchini

(ツッキーニ)

Zucchetti

(ツゲッティ)

受け継ぐ übernehmen

(ユーバーネーメン)

übernäh

(ユベルネー)

ピーマン Paprika

(パプリカ)

Peperoni

(ペペローニ)

唐辛子 Peperoni

(ペペローニ)

Peperoncini

(ペペロンチーニ)

 

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