スイスのカーニバル文化
目次
まだまだ寒い日々が続いていますが、節分が近づくと、春がすぐそこまで来ていると感じる方も多いのではないでしょうか?
中国では一足先に春節を迎えて、新たな季節に突入した気分になったものの、日本では豆をまいて邪気を追い払うまでは、春が近づいている気持ちは沸きませんよね?因みに、ドイツ語圏でもこれから各地でカーニバルが開催され、 これらを機に冬から春への移行を実感する方が多いです。
当サイトでは「日本人からみると不思議なドイツ事情」のブログでドイツのカーニバルがご紹介されたことが何度かあり、その中で国と地域によって風習や内容に違いがあることにも言及されていました。
この点に関してはスイスも例外ではないので、今回は冬の終わりを告げる風物詩とも言えるスイスのカーニバル文化についてのお話をさせていただきたいと思います。
カーニバルの由来
カーニバルと言えば派手な仮装をしたり、大きな音を出したりするのが特徴的で、そのような風習は世界各国に見受けられるだけでなく、歴史的にも様々な文化において存在していたことが確認されています。
しかし、その目的や背景に関しては相違点があり、必ずしも同じとは限りません。
例えば、ギリシャやエジプトなどの古代文明では主に神を祭る行事として仮装したのに対し、ケルト人やゲルマン人の間ではそれが悪霊を追い払って春を呼び込むための行いでした。地域によってはそれらの伝統が現在も何らかの形で残っていることが否定できないものの、現在各地で開催されているカーニバルと直接的な関係はないとされています。
というのも、カーニバルは直訳すると「謝肉祭」を意味し、イースターを迎えるまでの40日間に及ぶ四旬節で肉食を控えることがその起源であるため、元々はキリスト教との関連で誕生したお祭りです。
また、行事としてのカーニバルはカトリック教徒の多い地域に強く根付いていて、プロテスタントの地域ではそれを「教皇に纏わる行為」として拒否していた傾向があったことからも、やはり宗教的な要素が大きいと言えます。
特にプロテスタントが大半を占め、カトリックが少数派である北米では殆どの地域でカーニバルを祝う習慣がなく、フランスの影響でカトリック教徒が多かったカナダにあるケベック・シティー(Québec City)の「ウィンター・カーニバル」(Winter Carnival)やアメリカのニューオーリンズ(New Orleans)で開催される「マルディグラ」(Mardi Gras)が数少ない例です。
さらに、カーニバルはキリスト教と深い関係にあるものの、クリスマスのような宗教的な祭式でもなければ、聖書に登場する特定の出来事を祝うものでもありません。
イースターに先立って行われる四旬節は元々イエスの死を悔やんで、断食等で慎んだ生活を送るべき期間として定められたことから、禁欲の時期に入る前に羽目を外して「最後の悪ふざけ」をしようという庶民的な思いから始まったのです。
そのため、地域によっては著名人を笑いものにする演劇などちょっとした悪戯要素を含むものも少なくありません。
スイスにおけるカーニバル
カーニバルはドイツ西部で「カーネヴァル」(Karneval)と言い、東部では「ファッシング」(Fasching)と呼ばれますが、南西部のみ「ファスナハト」(Fasnacht)という名称が用いられ、同じ文化圏に含まれるスイスでもファスナハトとして知られています。
前出のように、スイスでもカーニバルないしはファスナハトは主にカトリックの地域で見られる行事で、ジュネーヴ(Genève)などプロテスタント派の地域には存在しませんが、中には例外的に宗教改革以前から続いた伝統が絶えることなく引き継がれてきた場所もあります。
特に、バーゼルのファスナハト(Basler Fasnacht)はその代表例で、スイスで最も有名なカーニバルです。3日間に及ぶこのイベントでは太鼓と笛で大きな音を出して、初日と最終日の午後にそれぞれ山車行列のパレードを行うことで知られています。
また、14世紀後半に騎士の娯楽から始まったとされるこの行事は、その長い歴史と文化的価値から2017年にユネスコ無形文化遺産にも登録されました。
そして、それと同じぐらい知名度が高いのが、6日間にわたって開催されるルツェルンのファスナハト(Luzerner Fasnacht)です。
バーゼルと違って吹奏楽器と打楽器が中心となるルツェルンでは、ビッグバン(Urknall)と呼ばれる爆発音で町中の人々が一斉に騒音を発し、紙吹雪やオレンジ投げなどの一連の行事が開始されます。ルツェルンも初日の午後と最終日の夜にそれぞれパレードを行い、町全体を賑やかなお祭りムードに包みます。
また、規模は劣りますが、牢獄に閉じ込められていた熊が解放されて旧市街を暴れるという設定のベルンのファスナハト(Bärner Fasnacht)や、赤と白の衣装を纏った軍団が市長に代わって町を仕切るソロトゥルンのファスナハト(Solothurner Fasnacht)なども著名で、各地域で異なる特色を持つ様々なカーニバルがあります。
グッゲンムズィーク
カーニバルと言えばユニークな仮装のイメージが強いですが、スイスのファスナハトを語る上で欠かせないのが何よりもグッゲンムズィーク(Guggenmusik)です。
グッゲンムズィークとは主にトランペットやトロンボーンなどの吹奏楽器を使った音楽隊による演奏で、意図的に音程を変更して、面白おかしく独自のアレンジを加えるのを特徴とする音楽スタイルを指します。
カーニバルで音楽がその場を盛り上げるのは決して珍しいことではありません。しかし、グッゲンムズィークのように意図的に音を外すというふざけ要素を取り入れた、一見「不真面目」とも捉えられる演奏が主要な一部を占めている例は、スイスのファスナハト以外で殆ど見かけません。
スイスでは元々カウベルやラトルを用いて騒音を発するのがファスナハトの付き物だったようで、19世紀に入ってからは同じ目的で吹奏楽器を使用することが増え始めました。
当初は耳障りなものとして規制されることもありましたが、バーゼルでは1906年に吹奏楽団による演奏を正式にファスナハトで取り入れることを決定し、それらを「グッゲンムズィーク」と称したのです。
それ以来、グッゲンムズィークは徐々に他の地域でも広まり、次第にファスナハトの構成要素となりました。特に、中央スイスではグッゲンムズィークを専門とする数多くのバンドが結成され、今ではファスナハトの開催期間中に専用のステージでコンサートが開かれたり、マーチングバンドとしてパレードに参加したりするのが一般的になっています。
さらに、近年ではスイス国内だけでなく、スイスに隣接する南ドイツ、リヒテンシュタイン、オーストリア西部、イタリア北部、そしてイギリスにもグッゲンムズィークの楽団が存在し、ファスナハトとは別に世界選手権などのイベントまで開催されているほどです。
したがって、グッゲンムズィークを独立した音楽ジャンルと位置付けている人も少なくありません。
木彫りの仮面
続いて、ファスナハトとの関連で忘れてはいけないのが仮装です。
仮装と言えばハロウィーンでも見られるように、お化粧や自作の被り物が多いように思われますが、数百年の歴史を誇るスイスのファスナハトでは木彫りの仮面を用いることを伝統としています。
プラスティック製のマスクがまだ存在せず、お化粧も庶民の間で普及していなかった時代には、日本でも木でできたお面を付けるのが一般的な仮装方法だったように、スイスでも仮装と言えば木製の仮面が一般的でした。
そのため、スイスでは古くから仮面を作ることを専業とする彫師が各地で誕生し、それが独自の伝統工芸に発展した地域もあります。
例えば、サンクト・ガレン州(Kanton St. Gallen)の南部に位置するサルガンス地方(Sarganserland)では仮面彫刻が国の無形文化財に指定されており、ファスナハトが単なるお祭りを超えて一種の民族文化であることを象徴しているのです。
彫師の中には芸術家として独創的な仮面を制作する者もいますが、大半の彫師はそれぞれの地域で生まれた特定のキャラクターを表す仮面彫刻を専門としています。
それらには魔女や鬼やお化けのようなインパクトのあるキャラクターが多い一方、意地悪婆さんや変顔おじさんなどのコミカルなものもあります。
しかも、仮面の出来栄えはその地方の風習や各キャラクターにどれほど精通しているかによって大きく変わると言われているので、スイスの仮面彫刻は日本の能楽で使用される能面を作る面打師に似ていて、高度な技術と知識を要する工芸と言っても過言ではありません。
そして、すべての工程を手作業で行って作られる仮面は、全国各地のファスナハトを盛り上げる重要な道具として長く愛用されるだけでなく、時には工芸品として国外にも輸出されます。
以上がスイスのカーニバル文化に関するご紹介になりますが、意外と奥が深いことをご理解していただけたでしょうか?
ファスナハトが開催される時期は「第5の季節」と呼ばれるだけあって、各地が本来とは異なる華やかな雰囲気に包まれ、人々も冬の寒くて暗いムードを忘れて明るくて生き生きとした気分になります。
しかし、そんなファスナハトを逆に迷惑に感じる人がいるのも事実です。というのも、ここ数年日本のハロウィーンでも確認されているように、お祭りを口実にして羽目を外しすぎている人が増えており、ファスナハトにおいても器物損壊や暴行など許容しがたい行動を示す参加者が多々います。
もちろん、そのような光景はどちらかというと例外で、大半の参加者はファスナハトが平和的で楽しい行事になるよう心掛けています。
また、子供達にとっては毎回思い出に残る大イベントですし、スイスの民族文化を身近に感じられるという意味では国内外にも発信すべきものであると考えます。
したがって、皆様もファスナハトに参加する機会があれば、くれぐれも調子に乗りすぎず、今回ご紹介した様々な伝統や文化にも注目しながら楽しんでいただければ嬉しいです。
では
Bis zum nöchschte mal!
Birewegge
今回の対訳用語集
日本語 | 標準ドイツ語 | スイスドイツ語 |
仮装 | Verkleidung
(フェアークライドゥング) |
Verchleidig
(フェルフライディク) |
風習 | Brauch
(ブラウフ) |
Bruuch
(ブルーフ) |
四旬節 | Fastenzeit
(ファステンツァイト) |
Faschteziit
(ファシュテツィート) |
煤 | Ruß
(ルース) |
Ruess
(ルエッス) |
太鼓 | Trommel
(トロンメル) |
Trummle
(トゥルンムレ) |
トロンボーン | Posaune
(ポサウネ) |
Posuune
(ポスーネ) |
カウベル | Kuhglocke
(クーグロッケ) |
Chueglogge
(フエグロッゲ) |
化粧 | Schminke
(シュミンケ) |
Schminki
(シュミンキ) |
芸術家 | Künstler
(キュンストラー) |
Künschtler
(キュンシュトレル) |
知識 | Wissen
(ヴィッセン) |
Wüsse
(ヴュッセ) |
参考ホームページ
スイス歴史辞典:ファスナハト
https://hls-dhs-dss.ch/de/articles/011515/2005-11-28/
バーゼル観光庁:バーズラー・ファスナハト
https://www.basel.com/de/veranstaltungen/basler-fasnacht
ルツェルナー・ファスナハトオフィシャルサイト
ベルナー・ファスナハト協会オフィシャルサイト
https://www.fasnacht.be/index.php?page=verein&act=news
ソロトゥルン・ファストナハト連合協会オフィシャルサイト
https://www.fasnacht-solothurn.ch
全国アルプ・グッゲンズィーク会合オフィシャルサイト
https://www.nagt-fetters-sursetters.ch
スイス連邦文化庁:生きた伝統:「サルガンス地方の仮面彫刻とファストナハト」
スイス生まれスイス育ち。チューリッヒ大学卒業後、日本を訪れた際に心を打たれ、日本に移住。趣味は観光地巡りとグルメツアー。好きな食べ物はラーメンとスイーツ。「ちょっと知りたいスイス」のブログを担当することになり、スイスの魅力をお伝えできればと思っておりますので皆様のご感想やご意見などをいただければ嬉しいです。
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