スイス軍隊あるある 兵役編
目次
今までこのブログでスイスに関する様々な内容を採り上げてきましたが、中でも軍隊に関する記事が思った以上に好評のようです。
個人的には皆様に馴染みのあるものが興味を引くのではないかと考えていたら、意外と日本にないものが注目されていたことに少々驚いています。
しかし、皆様に読んでいただけるというのは大変喜ばしいことですし、今後も本ブログを継続していきたいモチベーションにも繋がるため、読者の方々にこの場を借りて改めてお礼を申し上げます。いつも本当にありがとうございます!
既に徴兵制度と軍隊の装備で計2回にわたってスイス軍隊に関する話題をご紹介させていただいて、個人的には他の内容が好ましいと思う一方、ブログは読んでくれる人がいてなんぼですので、皆様のご興味やご関心を把握して需要に応えることも大切だと感じました。
したがって、三度目となりますが、今回は「スイス軍隊あるある」の続編として兵役についていろいろとお話させていただきたいと思います。
スイスで軍隊は一般人との交流が深い身近な存在
日本ではブルーインパルスが非常に高い人気を誇り、それらが上空に現れる度に多くのファンが殺到します。
とはいえ、ブルーインパルスはそもそも披露するための部隊で、国防のために日々全力を尽くしている「一般的な」自衛隊の姿を見かけることは殆どないですよね?駐屯地の近くであれば迷彩柄の制服を着用した自衛官に遭遇したり、高速道路で偶然移動中の車両を目撃したりすることがあっても、大人数や勤務中の兵隊さんに出会うことはほとんどありません。自衛隊と一般人では生活している分野も領域も全く異なるため、これは不思議でもなんでもなく、多くの国と地域でもそれが普通だと言えます。
ところが、スイスに関してはそうでもないのです。
もちろん、スイスにも全国に多くの駐屯地、飛行場、そして演習場などの軍隊に関連する施設が点在しますが、日本のような有刺鉄線や検問所による外部との隔離は、厳重な管理を要する一部にしか見られず、大半では一般人の立入が可能となっています。
というのも、軍隊病院は軍人以外の方も利用可能な総合病院としての役割を果たしている他、射撃場は地元の射撃クラブの練習所も兼ねており、飛行場も戦闘機と同時に民間飛行にも利用されているケースが多いからです。
戦争中はそれらが当然ながら軍隊専用の施設になりますが、通常時は軍民共用であるため、スイスでは軍人と民間人の領域が交差して、それらの間に壁は存在しないと言っても過言ではありません。
また、一部の駐屯地に関しても関係者以外の出入りが可能で、駐屯地の敷地内で犬の散歩をする人を見かけるのは日常的なことです。特に、ベルン駐屯地(Waffenplatz Bern)は市の中心部に位置することから、地域住民から市立公園として利用されたり、子供達が普段から兵舎の前にある芝生でサッカーなどをして遊んだりします。
また、トゥーン駐屯地(Waffenplatz Thun)もランニングやサイクリングをする人が頻繁に訪れる他、様々なスポーツや趣味に使える運動公園でもあります。このような光景を見てスイス人は特に何とも思いませんが、国外から見ると度々記事などで採り上げられているほど珍しいようです。
山奥や街中を問わず全国どこでも軍隊に遭遇する
続いて、兵役関連で特筆すべき点はスイス軍隊の普段からの活動範囲の広さです。
上記でも既に申し上げたように、スイスには全国各地に様々な施設があって、そこで兵隊が滞在したり、あらゆる訓練を行ったりしますが、スイスでは軍隊はそういった場所のみにいるとは限りません。
招集後に初めて通うことになる新兵学校では数々の基礎訓練を一から叩き込まれるため、それらに必要な設備が整っている駐屯地での生活が中心となります。しかし、その翌年から毎年繰り返して行う予備訓練に関してはむしろ駐屯地を利用しないことの方が多いです。
永世中立国であるスイスは、安全保障の観点から常に目を光らせながら世界情勢を監視しているものの、外部から攻められる確率が極めて低く、常備軍を配備する必要が殆どありません。
さらに、万が一敵から攻められた場合、駐屯地以外での実戦経験がなければ、軍隊は使い物にならないとの懸念もあって、兵役は実際に任務を遂行する場所となり得るところで行われるのが通例です。
これを聞いて「もしかして、街中でライフルを持った兵隊さんがウロウロしているの?」と、心配している人もいるのではないでしょうか?もちろん、一般市民の生活に影響を及ぼさない程度ではありますが、兵役は可能な限りリアルな環境で行うことを基本としていますので、そういう状況もあり得ます。
したがって、私自身も現役中は住宅街や小学校を始め、スキーのゲレンデでも実戦を想定した訓練を経験しました。
他の国では確実に住民の不安を煽る行為と見なされても、スイス人は目の前で軍隊が訓練をしていても全く驚きませんし、「大変ですね」などと声を掛けてくれるほどです。
とはいえ、実戦に近い環境を重視するあまり、予期せぬ事故やトラブルが起きることも少なくありません。
例えば、過去に訓練中の戦車が放った砲弾が山火事を引き起こして、なんと国境を越えたリヒテンシュタインの森林まで焼き尽くしたことがありました1。
また、2007年には山岳部隊がスイスの名山ユングフラウ(Jungfrau)で登山訓練を行った際、6名の隊員が雪崩に巻き込まれて死亡する大惨事が起きたのです2。この出来事は国会でも物議を醸しましたが、スイス軍隊は改めて実戦に即した訓練の必要性を強調し、現在もその方針を変えていません。
先人たちから代々受け継がれてきた兵役の伝統
このように、スイスの国民からすれば軍隊の施設だけでなく、兵役中の軍人に対しても距離が非常に近いのです。
そのため、男子中高生などに遭遇する際は「見ろよ、戦争ごっこしているぞ」などといじられたり、そのような感覚に慣れていない外国人が「兵隊さん、ライフルの威力を見せてみて」と、挑発してきたりすることも稀ではありません。
当然ながら、軍人は挑発行為に応じてはいけないですし、普段から「軍人は他人に対して親切で礼儀正しいが、毅然たる態度で接する」を基本としています。
ところが、相手が子供だとそんな態度は一切取らず、かなり甘いです。国の事情や背景を知らない子供達からしてみれば兵隊はただただカッコよくて憧れの存在なので、スイス軍隊では昔からそんな子供達にお菓子を配る風習があります。
といっても、お菓子を買ってあげるのではなく、兵役中に支給される非常食のスナックを渡します。
スイス軍隊では肉の缶詰からビスケットまで様々な非常食があって、中でも高カロリーで長期保存が効くチョコレートはその代表例です。少し前までは小箱に入った少量のビターチョコレートの塊が主流でしたが、時代とともにそれがミルクチョコレートを使った板チョコへと進化し、現在はなんとクリスピーチョコレートのバーまでラインナップに加わっています。
これらは特に屋外で長時間訓練を行う時に非常食として支給され、本来は他人に配れるほど大量に持っているものではないのですが、軍人は応援してくれる子供達の喜ぶ顔が見たくてそれらをついあげてしまうのです。
しかも、これは決して上からの指示ではなく、そのようなことを自発的にやりだした先輩たちを見て育った後輩の兵隊が現在に至るまで代々引き継いできたスイス軍隊の一種の伝統と言えます。
私も小学生の頃に兵隊さんからチョコレートやビスケットをもらいましたので、自身が兵役に行った際は勤務地で出会った子供たちにチョコレートをプレゼントしていました。
そのため、スイスではこういった習慣が全国で当たり前のように根付いており、非売品である兵隊たちのチョコにプレミアム価値を見出している子供が自ら寄ってきて「軍隊チョコレートちょうだい!」と、おねだりされることの方が多いです。
前回に引き続き、今回もまた知らない情報が満載だったと思いますので、楽しんでいただけましたでしょうか?
特に軍隊や兵役の実態には触れる機会はほぼ皆無であることから、ここでしか聞けない話を皆様にご提供できたと確信していますし、そういった点がスイス軍隊の話題が読者の間で注目されている理由でもあると考えます。
したがって、今後は軍隊関連だけでなく、他の内容でも可能な限り「ここだけの話」や「他では教えてくれないこと」を取り入れられるよう努力いたしますので、これからも本ブログをご愛読いただけますと嬉しいです。
また、私の一方的な発信に留まらず、読者の皆様のご感想やご意見もお聞きできればと感じることも度々ありますので、質問を始め、お悩みやリクエスト等があれば、コメントなり、ツイートなり、是非ご連絡ください。
では
Bis zum nöchschte mal!
Birewegge
1出典:スイス軍隊オフィシャルサイト(スイス防衛省):https://www.vbs.admin.ch/de/aktuell/meldungen/wissenswertes.detail.news.html/vbs-internet/wissenswertes/2015/schweiz-und-liechtenstein-gedenken-des-grossen-waldbrandes-von-1.html
2出典:スイス軍隊オフィシャルサイト(スイス防衛省):https://www.admin.ch/gov/de/start/dokumentation/medienmitteilungen.msg-id-13675.html
今回の対訳用語集
日本語 | 標準ドイツ語 | スイスドイツ語 |
駐屯地 | Standort
(シュタンドアート) |
Waffeplatz
(ヴァッフェプラッツ) |
立入 | Zutritt
(ツートリット) |
Zuetritt
(ツエトリット) |
軍隊病院 | Bundeswehrkrankenhaus
(ブンデスヴェアークランケンハウス) |
Armeeschpital
(アルメーシュピタール) |
交差する | kreuzen
(クロイツェン) |
chrüüze
(フリューツェ) |
小学校 | Grundschule
(グルントシューレ) |
Primarschuel
(プリマールシュエル) |
山岳部隊 | Gebirgsjäger
(ゲビアクスイエーガー) |
Gebirgsspezialischte
(ゲビルクスシュペツィアリシュテ) |
非常食 | Notfallration
(ノートファルラツィオーン) |
Notportion
(ノートポルツィオーン) |
缶詰 | Büchse
(ビュクセ) |
Büchs
(ビュフス) |
塊 | Klumpen
(クルンペン) |
Chlumpe
(フルンぺ) |
喜び | Freude
(フロイデ) |
Freud
(フロイト) |
参考ホームページ
スイス軍隊オフィシャルサイト(スイス防衛省):駐屯地および射撃場一覧
https://www.vtg.admin.ch/de/die-schweizer-armee/waffen-schiessplaetze.html
アーミーショップ:食料品
https://www.armeeshop.ch/30-esswaren-und-getraenke
スイス生まれスイス育ち。チューリッヒ大学卒業後、日本を訪れた際に心を打たれ、日本に移住。趣味は観光地巡りとグルメツアー。好きな食べ物はラーメンとスイーツ。「ちょっと知りたいスイス」のブログを担当することになり、スイスの魅力をお伝えできればと思っておりますので皆様のご感想やご意見などをいただければ嬉しいです。
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