アンバサダーの町と呼ばれる都市ソロトゥルン
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過去に何度かにわたってスイスの名所を採り上げてきましたが、それらは何れもスイスを代表する都市であったことから、皆様も今更新しい話でもないと感じていたことでしょう。
しかし、いきなり観光ガイドにも掲載されていないような秘境から攻めていくと、逆にマニアックすぎると思われることを恐れたため、ある程度メジャーなものから始めてマイナーなものへと進もうと考えた次第です。
数えたところ、名所に関する記事は今回でかれこれ10回目となりますので、そろそろ著名でない場所に触れてもいい頃だと感じました。したがって、今回は個人的にとても好きで、スイスの穴場として是非皆様にも知っていただきたいソロトゥルン州(Kanton Solothurn)の州都であるソロトゥルン市をご紹介いたします。
フランス大使の駐在所であった都市国家
バーゼル(Basel)とベルン(Bern)の中間に位置し、アーレ川(Aare)に面しているソロトゥルンは元々ケルト人によって交通拠点として発展したと考えられています。
とはいえ、当時ケルト民族の集落が存在した痕跡は皆無で、現在の旧市街に当たる場所に要塞を築いたローマ帝国がそれをケルト語で「水門」を意味する表現に似た「サロドゥルム」(Salodurum)と呼んでいたことからそのような説があります。
ローマ帝国崩壊後の詳細は殆ど不明ですが、8世紀にフランク王国の支配下に置かれたことで1032年に神聖ローマ帝国の領土となったことが知られています。そして、1080年にはツェーリンゲン家(Zähringer)がその土地を取得し、大規模な都市計画を行いました。しかし、1218年に同家が途絶えたため、ソロトゥルンは帝国直轄領の地位を得て、市民が政権を握る帝国自由都市になります。
その後、貴族の所有領でないことに目を付けたハプスブルク家が当該地域への侵略を試みますが、ソロトゥルンは同様な状況下にあったベルンを始め、複数の都市と同盟を結んでそれを阻止します。さらに、守りを固めるべく、次々と隣接する市町村を併合し、大幅な拡張政策にまで乗り出したのです。
既にアイトゲノッセンシャフトの一員だったベルンの同盟国として数々の合戦でアイトゲノッセンに味方したものの、ソロトゥルンは正式メンバーとして認められることはありませんでした。しかし、1481年に条件付きでの加入で合意し、10番目の州としてアイトゲノッセンへの加盟を果たします。また、16世紀に入ると各地で宗教改革が進み、ソロトゥルンでも一時的に対立が勃発しますが、最終的に州のほぼ全域でカトリックを維持する決断を下しました。この出来事をきっかけにフランス王国は1530年にアイトゲノッセンとの交渉を行うための大使を常時ソロトゥルンに駐在させることを決めます。
これによってソロトゥルンでは1792年までの約260年間、フランスの貴族に仕える傭兵の派遣が主な収入源となり、それが町の繁栄にも大きく貢献しました。それ故、ソロトゥルンは「アンバサダーの町」とも呼ばれています。
スイスで最も美しいバロック町
ソロトゥルンの起源はローマ時代まで遡り、今や2000年以上の歴史を誇るのですが、16世紀以降のフランスとの深い関係によって経済的な最盛期を迎えたこともあり、町の中心部に当たる旧市街は全体的にその時代を反映するバロック様式の建築が目立ちます。
しかも、その街並みの美しさはスイスの中でも上位を占め、旧市街の大半がバロック建築の町ではトップと言われているほどです。フランス大使が駐在所として使用していた「アンバサダーの館」(Ambassadorenhof)やブサンヴァル宮殿(Palais Besenval)など当時の富を象徴する建物がその代表例で、他にもイエズス会教会(Jesuitenkirche)や旧武器庫(Altes Zeughaus)といった様々な建築物にバロック様式が流行した時代の趣が色濃く残っています。また、大部分が現存する城郭も12世紀に建てられたものを後にバロック風に改増築したため、それぞれの監視塔や門と合わせた眺めは実に豪快で印象的です。
さらに、市庁舎や町のシンボルでもある聖ウルス大聖堂(St. Ursenkathedrale)は部分的にしかバロック様式を取り入れていませんが、違和感を抱かせることなく、町全体の雰囲気と上手く調和しています。したがって、ソロトゥルンは小さいながらも、景観がとてもお洒落な中世後期の町です。
また、歴史に関する知識がさほどない方でも、町のあらゆる場所と建造物を見るだけで、まるで絵葉書の世界に飛び込んだかのような気分を味わえるのもソロトゥルンの魅力のひとつと言えます。
様々な文化とスポーツの発信地
このように、歴史的な町のイメージが強いソロトゥルンですが、実は都市として最も力を入れている分野は観光ではなく、なんと文化なのです。
チューリッヒ(Zürich)などの国際都市と比較すれば規模が異なるため、財政面でもそれらには到底及びません。しかし、同じ規模の市町村と比べると毎年文化振興に割り当てられる予算は常に平均以上であることが示されています。
それはソロトゥルンに多くの博物館、美術館、劇場、コンサートホールなどといった施設が存在し、その大半は州や民間企業ではなく、市によって運営されていることが主な理由です。それに加えて、ソロトゥルン市民は古くから娯楽や文芸に関心を持っており、地域を超えて様々な文化を発信することに対して非常に積極的な一面もあります。
そのため、毎年1月には国内映画に特化したものではスイスで最高の式典である「ソロトゥルン映画祭」(Solothurner Filmfesttage)が開催され、5月には全国の作家および出版社を対象にした朗読会や展覧会など一連のイベントが楽しめる「ソロトゥルン文学際」(Solothurner Literaturtage)も行われます。
また、同じ5月には全国自転車見本市ならびにジャンプコンテストとクロスカントリーの国際選手権を実施する「バイク・デイズ」(Bike Days)の開催地にもなります。それ以外にもソロトゥルンではB級グルメを紹介する「ストリートフードフェスティバル」(Streetfood Festival)やアメリカのシューズメーカーが主催する夜間レース「サッカニー・ライト・ラン」(Saucony Light Run)などが開催され、年間を通して多彩なイベントの舞台になっていることで知られています。
「11」との不思議な縁
ソロトゥルンに関してもうひとつ特筆すべき点は「11」という数字との関係です。
これはどういう意味かというと、ソロトゥルンではその長い歴史の中で「11」の数字が頻繁に登場し、町のあらゆる場所においても「11」に纏わるものが多数存在します。もちろん、他の数字や個数が使用されていない訳ではありませんが、ソロトゥルンについては特定の理由もなく、「11」との結びつきが目立っているのです。
例えば市内に点在する博物館、噴水、教会の数はそれぞれ11個で、城郭の監視塔の数も11基あります。これは単なる偶然に過ぎないと主張する人もいるでしょうが、歴史的に見てもソロトゥルンにはかつて11のギルドがありましたし、独立後最初に市政を任されていた参事会も11名で構成されていました。
また、元々市の管理下に置かれていた隣接地域も計11の代官所によって管理されていたのです。さらに、ソロトゥルンに本拠地を置いていた連隊から結成されたスイス軍第2師団の歩兵部隊の正式名もまた「第11歩兵大隊」(Infanteriebataillon 11)であることから、偶然とは思えない不思議な縁があるとしか言えません。
当然ながら、ソロトゥルン市民もそのことを意識しており、「11」は魔法の数字として市を代表するラッキーナンバーとされています。また、その不思議な縁を自ら強調するため、1762年に町のシンボルである聖ウルス大聖堂を修復した際、外階段を11段ごとに区切り、鐘楼に11個の鐘を設け、11台の祭壇を設置して信者席も11列ごとに配列するといった遊び心溢れる工夫をこらしたのです。
スイスで最も美しいバロックの町ソロトゥルンのご紹介は如何でしたか?パックツアーなどスケジュールがぎっしり詰まっている旅行ではどうしても優先順位を付ける必要があり、このような比較的規模の小さい場所は大抵除外されてしまいます。
しかし、個人でスイスを訪れて、時間にも多少余裕があれば、せめて半日だけでもソロトゥルンに足を運ぶことを強くお勧めします。また、ソロトゥルンは地理的にもジュラ山脈の麓に当たる場所にあるため、アルプス山脈とは見た目も雰囲気も全く異なる山景色を見ることもできます。
したがって、ベルンからバーセルなどの移動に電車を利用される際はちょっとしたルート変更を行い、少なくとも車窓からソロトゥルンの自然に魅了されてみてはどうでしょう?
では
Bis zum nöchschte mal!
Birewegge
今回の対訳用語集
日本語 | 標準ドイツ語 | スイスドイツ語 |
秘境 | unerforschtes Gebiet
(ウンエアフォアシュテス・ゲビート) |
unerforschts Gebiät
(ウンエルフォルシュツ・ゲビエト) |
貴族 | Adlige
(アドリゲ) |
Adligi
(アドリギ) |
条件 | Bedingung
(ベディングング) |
Bedingig
(ベディンギク) |
勃発する | ausbrechen
(アウスブレッヒェン) |
uusbräche
(ウースブレッヘ) |
武器庫 | Zeughaus
(ツォイクハウス) |
Züghuus
(ツュークフース) |
違和感 | Unbehagen
(ウンベハーゲン) |
Unbehage
(ウンベハゲ) |
運営する | betreiben
(ベトライベン) |
betriibe
(ベトリーベ) |
娯楽 | Unterhaltung
(ウンターハルトゥング) |
Unterhaltig
(ウンテルハルティク) |
舞台 | Bühne
(ビューネ) |
Bühni
(ビューニ) |
イベント | Veranstaltung
(フェアアンシュタルトゥング) |
Veraastaltig
(フェラーシュタルティク) |
参考ホームページ
ソロトゥルン市オフィシャルサイト
https://www.stadt-solothurn.ch
ソロトゥルン市観光オフィシャルサイト
ソロトゥルン州観光庁オシャルサイト
http://www.kantonsolothurntourismus.ch
スイス歴史辞典:ソロトゥルン市
スイス生まれスイス育ち。チューリッヒ大学卒業後、日本を訪れた際に心を打たれ、日本に移住。趣味は観光地巡りとグルメツアー。好きな食べ物はラーメンとスイーツ。「ちょっと知りたいスイス」のブログを担当することになり、スイスの魅力をお伝えできればと思っておりますので皆様のご感想やご意見などをいただければ嬉しいです。
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