Wandergeselle 遍歴職人
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先日、朝の犬の散歩に出かけた時のことです。人気の少ない道を散歩していると、前方から大きな歩幅で颯爽(さっそう)とこちらに向かって歩いてくる二人の若者に遭遇しました。しかも只者ではない雰囲気を醸し出しています。二人とも中世からタイムスリップしたような身なりで、古そうな黒い帽子を被り、片手には木の杖を持ち、丸い大きな巾着袋のようなものを引っ提げて歩いてきます。通り過ぎる際に、元気よく「HALLO!」と声を掛けてくれました。
その瞬間、「ああ、彼らはWandergeselle(遍歴職人)だ!」と気が付いたのです。遍歴職人に前回遭遇したのは、かれこれ何年も前だったので、その日はとてもラッキーな気分になりました。
Wandergeselle(遍歴職人)とは
遍歴職人とはドイツの中世以来の職人文化を今に伝える伝統的制度の一つです。修業期間を終えたゲゼレ(手工業の職人)が、徒弟期間修了証のGesellenbriefを持ち、最小限の手荷物を背負って、数年かけて各地を遍歴し、様々なマイスターのもとで専門技術を磨きながら、人生経験を積むというものです。遍歴職人がこの遍歴の旅に出ることは、ドイツ語でWanderjahre(遍歴期間)と言います。「遍歴期間」を始めるにあたって、職人が修業期間を修了しているだけでなく、年齢が30歳未満であること、未婚で子供がいないこと、借金がないこと、前科がないこと、といった条件を満たす必要があります。現在では修業期間を修了した職人が遍歴期間を経験することは義務ではありませんが、中世末期から産業革命の初期までは、手工業の職人が遍歴期間を終えることがマイスター試験を受けるための前提条件だったそうです。
遍歴期間は、最低でも2年と1日。その間、基本的に家に戻ることは許されません。遍歴中の宿泊や食事にかかる費用は、お金で支払うのではなく、自身が修行期間に習得した技術を相手に提供することで賄います。移動手段にお金を払うこともできないため(現在ヒッチハイクは許可されている)、Wandergeselleという名前に示されているように、まさに歩いて各地を移動します。彼らが着用する服の色にも意味があり、家具職人と屋根ふき職人は黒色、仕立て屋は茶色、庭師は緑色、というように服の色で、どの手工業の専門分野に属しているのかが一目で分かります。遍歴職人は中世末期から続いてきた伝統ですが、世界大戦中は、多くの若者が戦争に行ってしまったため、遍歴職人の数は著しく減少してしまいました。
その後、東西に分断されたドイツですが、旧東ドイツでは遍歴期間が禁止され、一方で戦後に経済復興を遂げて豊かになった旧西ドイツにおいては、数年間も遍歴に出ることに魅力を感じない若い職人が増えたため、遍歴職人の姿を見ることは大変珍しくなってしまいました。
現在の遍歴職人
2022年現在、ドイツには約700名の遍歴職人がいるそうです。ドイツ全土でたった700名程度なので、私が先日彼らに遭遇できたことはやはりラッキーでした。彼らは中世から続く昔からの規則を守りながら、遍歴の旅を続けます。彼らの遍歴中の手荷物は本当にシンプルで、少しの衣服、徒弟期間修了証、工具、地図くらいで、なんと携帯電話やラップトップの所持は禁止されているそうです。デジタル世代の現代っ子が最低二年もの間、携帯電話やコンピュータを持たずに遍歴を続けるなんて、本当に時代の流れに逆らっているなあと思います。
しかし、「遍歴期間」の旅に出ることを決意した職人たちは、今しか経験できない自由や冒険、そして苦労を経験したり、様々な人々との出会いを楽しんでいるそうです。ちなみに女性の遍歴職人もいるそうです。数年後に家に帰ってきた時には、専門的なスキルだけでなく、人間としても大きく成長を遂げていそうですね。
参考ウェブサイト
https://www.spiegel.de/karriere/wandergesellen-unverheiratet-schuldenfrei-und-jung-a-1204266.html
https://de.wikipedia.org/wiki/Wanderjahre
大阪育ちの日本人。ベルリン自由大学卒業。現在ドイツ・コブレンツ在住。趣味は山登り、テニス、アスリート飯作り。担当する新シリーズ「住んでみてわかったドイツ」では、ドイツ居住歴16年の経験を生かして、現地からの生情報をお伝えしたいと思います。皆様からのリクエストや感想もお待ちしてます!
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