スイスの国民的料理「レーシュティ」
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すっかり食欲の秋になって参りましたね。とはいえ、歳を重ねる度に新陳代謝が悪くなっていくせいか私にとって秋は体重の増加が少々気になる季節でもあります。
特にその後の年末年始も何かと御馳走が多い時期であるため、最近は未然防止が肝心だと気付き、食べ過ぎないように注意しています。しかし、何を食べても美味しい日本に住んでいる以上、そういった計画もなかなか思うように実行できないのが悩ましいところです。それに対して皆様は食生活と健康維持のバランスを上手く取っておられると考えますので、今回は食欲の秋に相応しい、スイスの国民的料理とも呼ばれている「レーシュティ」(Röschti)をご紹介いたします。
スイス風ジャガイモパンケーキ
レーシュティはスイスの代表する料理として観光ガイド等でも紹介されることが多いですが、実はスイス以外の国でもメニュー表に載ることがあり、レトルト食品としても市場に出回っていることから、既に知っている方も少なくはないでしょう。
具体的にどのような料理かと言いますと、短冊状に粗くおろしたジャガイモをフライパンに平たく広げてバターまたは食用油でソテーしたものをレーシュティと呼びます。その際に使用されるジャガイモに関しては好みによって種類が異なりますが、煮崩れしやすい粉っぽい種類は一般的に不向きです。また、ジャガイモを生の状態もしくは茹でてから使用するのと、フライパンでソテーするかオーブンで焼くかについても各家庭で調理法が分かれます。さらに、味付けは塩胡椒のみとするのが主流ですが、チーズを始め、様々な野菜を追加したり、香辛料を入れたりすることも可能です。
そして、レーシュティを作る上で最も重要なポイントは日本のお好み焼きのように、数分で表面をこんがりと焼いてパリパリ感を付ける一方、中は柔らかい食感を残しておくことです。したがって、レーシュティはよくハッシュドポテトやジャガイモのパンケーキに例えられます。しかし、スイスの大半の家庭ではレーシュティをフライパンでソテーした直後に水をコップ一杯足して蓋をしてから約10分間蒸すことが多いため、パリッと揚げるだけのハッシュドポテトに比べてよりジューシーなのが大きな違いです。
地域によって様々なバリエーションがある
「レーシュティ」の名前はスイスドイツ語で「焼く」という意味の「レーシュテ」(röschte)に由来し、「焼いたもの」を指します。そのため、本来は果物やパンを使用した同様な料理をレーシュティと呼ぶ習慣があったのですが、ジャガイモを使ったバージョンがスイス全域で家庭料理として普及し、国外でも有名になったことから、次第にジャガイモで作ったもののみにその呼び名を当てるようになりました。
また、レーシュティはレストランなどで肉料理と一緒に食べる夕食というイメージを持っている方が多いです。しかし、炭水化物を多く含む高カロリー食ということもあって、元々農家の間で朝食として単品で食べられていました。それ故、特に農業が盛んな地域を中心に広まり、それぞれの地方の好みに合わせたバリエーションが誕生したのです。例えば、チューリッヒ(Zürich)では焼き上げたレーシュティの表面にバターを塗り、中央スイスではスライスした玉葱と地元のチーズの他、生クリームも加えるのが一般的な食べ方とされています。
さらに、イタリア語圏では細かく刻んだベーコンに玉葱、チーズ、にんにくおよびローズマリーで味付けをします。またシャフハウゼン州(Kanton Schaffhausen)に関してはジャガイモをマカロニと混ぜてソテーするのが普通です。そして、最も有名で全国的にも高い人気を誇るバリエーションがベルン風レーシュティ(Berner Röschti)です。ベルン風ではおろしたジャガイモをサイコロ状に切ったベーコンと一緒にソテーした後、なんと水ではなく牛乳を大さじ2杯分注いで蒸してから、最後にお好みで目玉焼きと薄切りのベーコンもしくはハムをトッピングします。
レーシュティグラーベン
スイスの国民的料理であるレーシュティですが、実は食べ物以外にスイスを代表するもうひとつの意味を持っています。ご存知の通り、スイスは言語や文化の異なる多数の地域が共通の価値観を持って形成している国家であるものの、それぞれの地方で物事に対する考え方まで同じであるとは限りません。これは各地域が直面している問題が違うため当然のことで、ベルギーなど他の多言語国家でも見受けられる現象です。
特にスイスに関してはドイツ語圏とフランス語圏が正反対の意見を持ち、それらが対立するという社会現象を度々目の当たりにします。特定の州が他と異なる意見を持つことがあっても、その州内の市町村では意見が概ね一致していますが、ドイツ語とフランス語の2つの公用語を持つ州では言語圏の境界に沿って自治体レベルで意見が割れることが多いのです。地理的に言うとスイス西部に位置し、ドイツ語でサーネ(Saane)と呼ばれ、フランス語でサリーヌ(Sarine)の名で知られている川がちょうど両言語圏の境界に当たり、その西と東で住民の意見が分かれます。
そして、この地域差を概念として表現するために用いられているのが「レーシュティの溝」を意味する「レーシュティグラーベン」(Röschtigraben)という言葉なのです。過去に両者の対立が著しく浮き彫りになったのが、第1次世界大戦中にフランス語圏がフランスに味方すべきと主張し、ドイツ語圏がドイツを支援する考えを示した時でした。また、1992年12月にスイスが欧州経済領域への加盟の賛否を問う国民投票でもドイツ語圏の大半が反対したのに対し、フランス語圏の州は例外なく加盟に賛成していました。
このように、特に外交や福祉に関する内容の投票結果には両言語圏の間に溝が生じる傾向があるため、レーシュティが大好きなドイツ語圏とレーシュティを食べる習慣がさほど強く根付いていないフランス語圏の違いを「レーシュティグラーベン」という言葉で表すようになったのです。
話題が食欲をそそる内容からスイスの社会問題へと大きく逸れてしまいましたが、レーシュティはスイスの国民的料理としてだけでなく、多言語国家ならではの現状を示す代名詞でもあることをご理解いただけましたでしょうか?
スイス国内でレーシュティグラーベンと称される地域差が存在することは否定できないものの、報道陣や特に一部の政治家が主張するほどその溝は深いものではありません。むしろ共通点の方が多いため、スイスは700年以上も分裂することなく、お互いを尊重し合う体制を維持できたと言えます。日本でも「同じ釜の飯を食う」という表現があるぐらいですから、スイスでもレーシュティはそれぞれの言語圏を切り離すよりも、それらを繋ぐ役割を果たしてきたに違いありません。
したがって、皆様にも食事を通じて人と人の繋がりを深め、それを大切にしてほしいと思います。そして、美味しいレーシュティを食べてそのように感じていただければこれ以上嬉しいことはありませんので、是非一度レーシュティにも挑戦しみてください。
では
Bis zum nöchschte mal!
Birewegge
今回の対訳用語集
日本語 | 標準ドイツ語 | スイスドイツ語 |
レトルト食品 | Retorten-Nahrung
(レトアテンナールング) |
Retorte-Nahrig
(レトルテナーリク) |
ジャガイモ | Kartoffel
(カートッフェル) |
Härdöpfel
(ヘルデップフェル) |
好み | Vorliebe
(フォアリーベ) |
Vorliäbi
(フォルリエビ) |
オーブン | Ofen
(オーフェン) |
Ofe
(オフェ) |
焼く | rösten
(レーステン) |
röschte
(レーシュテ) |
夕食 | Abendessen
(アーベンテッセン) |
Znacht
(ツナハト) |
炭水化物 | Kohlenhydrate
(コーレンヒュドラーテ) |
Cholehydrat
(ホレヒュドラート) |
マカロニ | Makkaroni
(マッカローニ) |
Hörnli
(ヘルンリ) |
考え方 | Denkweise
(デンクヴァイセ) |
Dänkwiis
(デンクヴィース) |
世界大戦 | Weltkrieg
(ヴェルトクリーク) |
Wältchrieg
(ヴェルトフリエク) |
参考ホームページ
ベティ・ボッシ・デジタルマガジン:「レーシュティ~スイスの伝統料理~」
https://www.bettybossi.ch/de/Magazin/Display/1065641/Die-Roesti-ein-Schweizer-Klassiker
新チューリッヒ新聞フォリオ:「レーシュティのバリエーション」
スイス放送協会:「ヘルヴェチア人を繋ぐ溝レーシュティグラーベン」
スイス生まれスイス育ち。チューリッヒ大学卒業後、日本を訪れた際に心を打たれ、日本に移住。趣味は観光地巡りとグルメツアー。好きな食べ物はラーメンとスイーツ。「ちょっと知りたいスイス」のブログを担当することになり、スイスの魅力をお伝えできればと思っておりますので皆様のご感想やご意見などをいただければ嬉しいです。
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