「海無し国」の異名が似合わない国スイス

今更ですが、スイスが内陸国であることはご存知ですよね?私は日本での生活において自身の出身国についての質問を受けることが多く、その際にスイスが陸続きで他国に囲まれていることに触れることもあって、稀に「スイスって海がないの?」と驚かれるときもあります。

現状、ヨーロッパではオーストリアやチェコなど一部を除けば、殆どの国が海に面していて、中でも知名度の高いスイスがよりによってそのひとつであることを不思議に感じる人もいるでしょう。島国に住む日本人からすれば海がないことは大半の国民にとって想像しにくいもので、「海無し県」という言葉まで存在するほどです。

しかも、「海無し県」は他の都道府県民からいじられ、別世界のように認識されているようにも感じます。同じように、「海無し国」であるスイスもそういう意味では他国から笑い者にされていますが、それは、スイスほど実は「海無し国」の異名が似合わない国はないという事実を知らないからに他なりません。

したがって、今回は皆様が抱いているスイスのイメージを覆し、内陸国であることがまるで嘘であるかのように思ってしまう数々の事実をご紹介いたします。

 

 

 

「ヴァンデ・グローブ」でスイス人選手は常連

 

昨年、白石康次郎さんが世界で最も過酷なヨットレースと呼ばれている「ヴァンデ・グローブ」(Vendée Globe)に出場し、2度目の挑戦で初めて完走したことが各種メディアで大きく取り上げられたのを覚えていらっしゃいますよね?白石さんは第8回大会となる2016年に初めて参戦し、マストの折損によってリタイアを余儀なくされましたが、アジア人初の出場者、そして翌第9回大会でアジア人初の完走者という快挙を達成されました。

レースの流れを見守っていた方なら分かると思いますが、白石さんほどの経験の持ち主がここまでの苦戦を強いられ、表彰台すら視野に入らなかったことは当該レースが如何にハードルの高いものであるかを物語っています。

しかし、私としては島国根性を持っている日本人ならまだまだこんなものではないはずと感じたのも正直な意見です。何故なら、生まれながら海と隣り合わせの生活を送っている日本人にとってヴァンデ・グローブがここまで過酷なレースなら、海のない内陸国で生まれ育つスイス人には、はなから超えられない壁に違いないと考えるのが自然だからです。

ところが、当大会の歴史を振り返ると、1989年の第1回大会と1996年の第3回大会を除いたすべての大会で、毎回スイス人が出場していただけでなく、その大半がレースを完走しました。

しかも、第4回~第7回大会に出場したドミニク・ワヴル(Dominique Wavre)選手は初出場ながらいきなり5着でゴールインし、2度目の出場では4位になって何れも優勝争いに絡むほどの成績を残したのです。また、白石康次郎さんのライバルとして同じ2大会に連続出場したアラン・ルーラ(Alan Roura)選手はなんと23歳という年齢で初めて参加し、同大会の最年少出場者であると同時に最年少完走者としてその名を歴史に刻みました。

ヴァンデ・グローブでは船の操縦から修理までの全作業をたった1人で行う必要があるため、特に航海における豊富な経験と高い技術力が求められます。

そんな状況にも拘らず、あの若さでレースに挑み、ゴールに辿り着ける選手は世界中を探しても1人いるかいないかといえるぐらい希少です。そして、そんな希少な人物がよりによって海無し国スイスの出身だったことを思うとなおさら信じがたいとしかいえません。

 

 

2016年に史上最年少でヴァンデ・グローブに参戦したアラン・ルーラ選手     (写真:Eric HOUDAS、2016、CC-BY-SA-4.0 )

 

 

世界最高峰のヨットレース「アメリカズカップ」で連覇の実績を持つスイス

 

続いて特筆すべきスイス人による海の実績はヨット業界の従来の常識を変えた「アメリカズカップ」(America’s Cup)での功績です。

知らない方もいると思いますが、アメリカズカップとは1851年にイギリスとアメリカのヨットクラブがワイト島(Isle of Wight)を一周するレースをおこなったことに始まった、前回優勝者とそれに対抗する挑戦者との一騎打ちという形式で開催される国際親善ヨットレースを指します。

同カップでは出場者が出身国で造船されたヨットを使用する必要があることから、航海技術以外にも出場国が保有する造船技術や様々な学問の最先端技術が勝敗を左右するのが大きな特徴です。したがって、アメリカズカップは一種のセーリング大会であると同時に出場国の技術競争の場としても注目されているため、世界最高峰のヨットレースと呼ばれています。

過去の大会を振り返るとアメリカが第1回大会で優勝して以来、24連勝の無敗記録を立てて絶対的王者として君臨していました。第25回大会でオーストラリアが初優勝を果たしたことによってその記録は断ち切られたものの、その後再び連勝し続けたため、ヨットでアメリカに敵う者はいないと思われていました。しかし、その直後にニュージーランドが2大会連続優勝を果たし、過去全大会に出場していたアメリカが予選で敗退したことでその常識は覆ったのです。

そして、ニュージーランドの3連覇が掛かった2003年の第31回大会に挑戦者として出場したのがなんとスイスの「アリンギ号」(Alinghi)でした。

当時、内陸国のスイスが海国のニュージーランドを破って優勝すると予想していた人は殆どいませんでしたが、いざ両者のレースが始まるとスイスのアリンギ号は1戦も負けることなくなんと5対0で圧勝したのです。この出来事は大会史上に残る世紀の番狂わせだっただけでなく、同大会のルールにも大きな影響を及ぼしました。

実はアメリカズカップは前優勝国の「海域」で開催されなければならないと定められていたのですが、まさかの内陸国スイスの優勝により、大会規定を変更せざるを得ませんでした。

これによって、2007年の第32回大会は海がないスイスに代わってスペインのバレンシア(Valencia)で行われることが決まり、再度スイスとニュージーランドとの対決になりました。そこで又もや王者に輝いたアリンギ号は大会連覇という偉業を成し遂げ、海無し国の底力を改めて全世界に知らしめたのです。

 

 

連覇を成し遂げた第32回アメリカスカップアメリカズカップのアリンギ号 (写真:Gregory Zeier、2007、CC BY-SA 3.0

 

 

オリンピック初の女性アスリートはスイスのセーラーだった

 

このように、国際的なヨットレースで数々の実績を残しているスイスですが、これは決して今に始まったことではなく、歴史を遡ってもスイスは様々な場面で海での実力が最高レベルであることを証明してきました。

その代表例ともいえるのが、1900年のパリオリンピックでのセーリング競技です。パリ大会で初めて実施されたセーリングは7つのクラスに分けて13種目で競われましたが、参加国が少なかったことや、自国開催ということもあり、フランスが計24個のメダルを獲得して圧倒的な強さを見せつけました。

しかし、1~2トン級の種目に関してはスイスのチームもエントリーし、フランスのチームに打ち勝って記念すべき金メダル第1号を取ったのです。また、その際にスイスを代表して出場したのはエルマン・ド・プルタレ(Hermann de Poutalès)とその妻エレーヌ・ド・プルタレ(Hélène de Pourtalès)および両者の甥にあたるベルナール・ド・プルタレ(Bernard de Pourtalès)によるチームでした。

これは今となっては何の不思議もありませんが、女性がオリンピック競技に参加することは1900年のパリ大会で初めて認められ、20競技中4競技に出場した21名の女性がアスリートデビューを果たしました。そして、各競技の開催日程の関係で実際に女性アスリートが初めて登場したのは5月22日に行われたセーリング競技においてでした。

したがって、スイスはセーリング競技で最初の金メダルを獲得しただけでなく、なんとオリンピックに初出場した女性アスリートとさらに初の女性金メダリストをも輩出した国という、複数の歴史的快挙を同時に成し遂げたのです。

そして、ここで改めて強調すべきはこの異例ともいえる実績を残したのがよりによって海無し国スイス出身のセーラーだったという事実です。

 

 

 

今回、海無し国の異名が似合わないスイスと題してお話しさせていただきましたが、楽しんでいただけましたでしょうか?

どれも日本ではまず耳にすることのない内容でしたので、「今まで持っていたスイスのイメージが変わった」と、感じた方も少なからずいらっしゃると思います。

また、今回の記事ではヨットに関するネタが中心となりましたが、それは、ヨットが海洋競技でのスイスの腕前を最も端的に示す例であるからであり、ヨット以外の競技、例えば、ボートに関してもスイスは過去のオリンピックで数多くのメダルを獲得しており、世界選手権でも常に高確率で表彰台に立つことが期待されています。

とはいえ、ボート競技は基本的に洋上では実施されず、海無し国の異名が似合わないことを裏付けるエビデンスとしては少々説得力が足らないことから、本記事ではあえてボート競技には触れませんでした。しかし、今回の記事をお読みになって興味が湧いた方がいれば、そういった他の水上競技も詳しく調べてみることをお勧めします。

そうしますと、様々な大会でスイス人の名前が登場するだけでなく、中には内陸国らしからぬ好成績を残しているケースもあることに気付くと思うので、今後水上競技の世界大会等をご覧になる機会があれば是非スイス人選手にも注目してみてください。

では

Bis zum nöchschte mal!

Birewegge

 


今回の対訳用語集

日本語 標準ドイツ語 スイスドイツ語
挑戦 Herausforderung

(へラウスフォアデルング)

Heruusforderig

(へルースフォルデリク)

リタイアする aufgeben

(アウフゲーベン)

uufgäh

(ウーフゲー)

表彰台 Siegertreppchen

(スィーガートレップヒェン)

Siigerträppli

(スィーゲルトレップリ)

内陸国 Binnenland

(ビンネンラント)

Binneland

(ビンネラント)

操縦 Steuerung

(シュトイアールング)

Stüürig

(シュテューリク)

予選 Vorrunde

(フォアルンデ)

Vorrundi

(フォールルンディ)

オーストラリア Australien

(アウストラーリエン)

Auschtralie

(アウシュトラーリエ)

敗退 Niederlage

(ニーダーラーゲ)

Niderlag

(ニデルラーク)

圧勝 haushoher Gewinn

(ハウスホーアー・ゲヴィン)

huushöche Gwünn

(フースヘーヘ・クヴュン)

セーリング Segeln

(セーゲルン)

Sägle

(セグレ)

 


 

参考ホームページ

ヴァンデ・グローブ大会オフィシャルサイト

https://www.vendeeglobe.org/en

アメリカズカップ大会オフィシャルサイト

https://www.americascup.com

チーム・アリンギオフィシャルサイト

https://www.alinghi.com

ワールドセーリング(旧国際セーリング連盟)オフィシャルサイト

https://www.sailing.org

 

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