スイスと言えばやっぱりチーズ
目次
少し前にスイスがチョコ大国であることをご紹介させていただきましたが、チーズフォンデュがスイスを代表する料理として世界的に有名であることから、多くの人にとってスイスと言えばやはりチーズのイメージが強いのではないでしょうか?
確かに、チーズはスイスで様々な料理の主役であり、大半の家庭で定番のおかずとしても消費されていますので、スイス人の主食に匹敵すると言っても過言ではありません。
また、スイスは世界的に見てもチーズの主要生産国に挙げられており、「スイスチーズ」というブランドまで存在するぐらい広く知られています。
しかし、フランスのカマンベールやイタリアのモッツァレッラに比べて、スイスにはどのような種類のチーズがあるのかと問われると、具体的な名前が思い浮かばない方も少なくないようです。
そこで、今回は皆様にスイス最大の特産品に数えられるチーズのことをもっと詳しく知ってもらうために、スイスチーズに関するお話をさせていただきます。
紀元前から続くスイスのチーズ製造
歴史学の研究によると狩猟採集民が山羊や牛などの反芻(はんすう)動物の胃からカッテージチーズ(cottage cheese)に似たゲル状の塊を発見したことから、人類はミルクが発酵するとチーズになるという知識を既に石器時代に習得していたとされています。
したがって、チーズ製造がいつ頃から本格的に始まったのかについては殆ど分かっていませんが、時代を相当遡るのは確かです。スイスに関しても新石器時代から酪農が行われていたことが判明しており、特に農耕に不向きな山岳地帯では酪農で得た生乳を保存する目的で早くからチーズの製造法が確立していたと思われます。
というのも、1世紀に活躍した古代ローマの政治家兼博物学者である大プリニウス(Plinius Maior)がその著書でヘルヴェチア人が造るチーズを意味する「カセウス・ヘルヴェティクス」(Caseus Helveticus)についての記述を残しており、ヘルヴェチアは現在のスイスに当たる地域を指す名称であることから、スイスチーズが少なくとも2000年も前にあったことを裏付けています。
当時のチーズは酸乳を原料とする日持ちしない軟質のチーズが一般的でしたが、農作物がさほど獲れないスイスにとっては長期保存が効く食料品に対する需要が高かったため、徐々に硬質のチーズが流通し始め、特に中世後期以降はハードチーズが主流となりました。
また、長持ちするチーズは最適な備蓄食品だったこともあって、地産地消のみならず、国外へも輸出されるようになり、18世紀にはヨーロッパ全土で販売されるスイスの重要な交易品でした。
さらに、19世紀後半には一時的に業績の悪化が見受けられたものの、スイス政府が国を挙げて酪農家を含むチーズ製造業全体の品質向上を図ったことで売り上げも徐々に回復し、今やスイスチーズを知らない人はいないほど世界的に有名な特産品となったのです。
天然素材以外使用しない品質へのこだわり
国際比較の統計を見ると、スイスはチーズの年間製造量と輸出量に関しては常に上位を占めるドイツ、オランダ、イタリア、フランスの足元にも及ばず、決してチーズ大国とは呼べない一方、スイス人1人当たりの年間消費量に関しては21~23キロに推移しており1、これは世界でトップレベルです。
したがって、スイスではチーズがワインと同様に生産量の大半が国内で消費され、輸出されているのはたったの3分の1あまりに留まっています。
また、スイスチーズは日本のチーズと違って乳製品の大手食品メーカーの工場ではなく、個人経営のチーズ職人が小規模な工房でそれぞれ地方特有の伝統的な製法を用いて作られているのが大きな特徴です。
というのも、スイスは近隣のチーズ大国ほど国土面積が広くないことから、農産物に関しては同等なレベルでの大量生産とそれに伴う低価格での提供が難しいので、数量を抑えて高品質な商品に専念する以外に競争力を維持できないのが現状です。
しかも、チーズにおいては前出の通り、国を挙げての品質向上政策がとられてきたこともあって、全国的な品質管理を徹底する様々な仕組みがあります。
例えば、生鮮食品である生乳を原料とするチーズにとってはその鮮度が何よりも重要であるため、スイスではチーズ職人が遠くても20キロ圏内の酪農家から生乳を仕入れられるようにしています。
さらに、スイスでは特定の添加物をチーズに使用することが法的に許可されているものの、スイスチーズ製造業組合は任意で着色料や表面処理剤などの添加物ならびに遺伝子組み換えの成分を一切使用しないことを業界規範としており、添加物が不可欠な一部のチーズを作る工房を除けばほぼ全ての職人がその規範を遵守することを宣言しています。
つまり、スイスチーズは天然素材だけを使って職人が一個一個手作業で丹念に作る最高の品質にこだわった一品で、それによってのみ生まれる独特な味わいこそが世界中で高い認知度を誇り、幅広く愛されている理由です。
職人が素材にこだわって完全に手作業で作るスイスチーズ
ソフトからエキストラハードまで450種類以上の豊富な品揃え
そんなスイスチーズですが、地域によっては製造法にかなりの違いがあり、同じものは一つもないと言えるほど種類が豊富です。
一説によるとスイスで製造されているチーズはその種類の多さから全容を把握している人がいないとされていますが、古くからその輸出を管理しているスイス連邦外務省は現在約450種類が存在するとしています2。
チーズは基本的に乳を発酵させて作るナチュラルチーズとそれを加熱処理して発酵を止めたプロセスチーズに分けられ、前者に関しては外観、水分または脂肪の割合、ならびに使用する細菌やカビなどによってさらに細かく分類することが可能です。
スイスでは主に熟成期間で左右される硬さによる区分が最も広く用いられており、熟成させないフレッシュチーズ、数週間熟成させるソフトチーズ、数カ月間熟成させるセミハードチーズ、最大1年半熟成させるハードチーズと、熟成期間が数年に及ぶエクストラハードチーズの5つのタイプを区別しています。
割合として一番多いのはそれぞれ全体の3分の1程度を占めるセミハードチーズとハードチーズで、その次に頻繁に目にするタイプはフレッシュチーズ、そしてソフトチーズです。エクストラハードチーズに関しては熟成のために寝かせている時間が非常に長いことから、市場に出回る量も年間千数百トンと比較的少ないのですが、その希少価値と他のタイプにはない独特な味わいで高評価を得ています。
また、ここまで性質にばらつきのあるチーズが揃うと当然ながら食べ方や用途にもそれなりのバラエティーが出てきます。
チーズは手頃なサイズに切ってそのまま食べるのが一般的であるものの、種類によっては極薄に削って表面積を増やすと香りがより引き立ったり、溶かすことでコクが増したりするので、同じチーズでも塊・スライス・粉など様々な形状と調理法で食べることが多いです。
スイスで作られている様々なタイプと種類のチーズ
(写真:©Switzerland Cheese Marketing)
スイスを代表するチーズの種類
ここまでスイスチーズについて色々と熱く語らせていただきましたが、具体的にどのような種類や商品があるのかに関しては一切触れていないので、最後にせめてスイスで代表的なチーズだけでも何点かご紹介したいと思います。
スイスチーズを語る上で、まず挙げなくてはならないチーズは何と言ってもベルン州(Kanton Bern)のエメンタール(Emmental)地方を原産地とする「エメンターラー」(Emmentaler AOP)です。
日本で主に「エメンタールチーズ」の名称で販売されているこのハードチーズは13世紀頃にその製法が確立して以来、スイスの代名詞として世界各地に輸出され続けていることから、「スイスチーズの王様」とも呼ばれています。
独特なクセがやみつきになる他、発酵する際に発生する炭酸ガスによってできる大小の孔が特徴的で、アニメや漫画でも頻繁に見かける穴だらけのチーズのモデルになっていることでも有名です。
同じハードタイプに分類され、フランス語圏を中心に作られる「ル・グリュイエール」(Le Gruyère AOP)もまた忘れてはいけないスイスチーズのひとつです。
少なくとも900年以上前から存在していたことが確認されているこの種類は数々のスイスチーズの原型になっただけでなく、本物のチーズフォンデュには欠かせないと言われているほど香りの良さとコクの深さを持つ絶品として高く評価されています。
また、世界中のチーズ製造者が最も美味しいチーズの称号をかけて競い合うワールドチーズアワード(World Cheese Award)で唯一4回チャンピオンに輝いた実績を残しており、「チーズの帝王」と言っても過言ではありません。
そして、前2種類と並んでスイスチーズの御三家に数えられるのが、少し前のアッペンツェルに関する記事でご紹介したセミハードチーズのアッペンツェラー(Appenzeller®)です。アッペンツェラーは3カ月にわたってアッペンツェル地方で育つハーブから作られる秘伝のハーブジェルで表面が処理されるため、とても香ばしい仕上がりとなり、世界一スパイシーなチーズとも謳われています。
それ以外にスイスチーズの中で特に興味深い種類であるのがスイス北西部に位置する僅か数件の工房でのみ生産されるテット・ド・モワンヌ(Tête de Moine AOP)です。
この種類はセミハードチーズでありながらも口の中で溶けるほど柔らかいチーズで、その食べ方に最大の特徴があります。テット・ド・モワンヌは空気に触れると香りがより際立つことからスライスにせず、ジロール(Girolle)と呼ばれる専用の道具を用いて表面を一周しながら薄く削り、フリルのような形にしていただくのが一般的です。
スイスを代表するチーズの種類:
(左から)ル・グリュイエール、アッペンツェラー、エメンターラー、テット・ド・モワンヌ
(写真:©Switzerland Cheese Marketing)
今回はスイスチーズについてのお話でしたが、楽しんでいただけましたでしょうか?
皆様にスイス最大の特産品であるチーズをもっと知っていただきたい一心でかなり情報の多い内容にしましたので、これまでスイスのチーズに関して知識の少なかった方には十分ご参考になったかと思います。
しかし、食べ物は素材そのものについての知識ではなく、様々なお料理を通じて実際に見て食べてみることが肝心なため、皆様には是非一度スイスのチーズを試していただき、その良さや個人的な相性をご自身で感じていただきたいです。
したがって、スイスに行かれる人は本場の出来立てチーズを食べるのが必要不可欠であることを念頭に置いてください。
一方、行きたいけどなかなか旅行に行けない方はお近くの百貨店を始め、世界のチーズを取り扱う地元の専門店に足を運んで、スイス産のチーズをご購入されることをお勧めします。
好みは人ぞれぞれですが、スイスのチーズは普段お家で食べているものとは一味も二味も違うことに気付いていただけると確信を持って言えます。
したがって、次回ご自宅用にチーズをご購入される機会があれば、スイスチーズを選択肢に加えてみてください。
では
Bis zum nöchschte mal!
Birewegge
2出典:スイス連邦外務省オフィシャルサイト:https://www.eda.admin.ch/aboutswitzerland/de/home/gesellschaft/schweizer-kueche/kaese.html
今回の対訳用語集
日本語 | 標準ドイツ語 | スイスドイツ語 |
チーズ | Käse
(ケーゼ) |
Chäs
(へ―ス) |
おかず | Beilage
(バイラーゲ) |
Biilag
(ビーラーク) |
反芻動物 | Wiederkäuer
(ヴィーダーコイアー) |
Widerchäuer
(ヴィデルホイエル) |
酸乳 | Sauermilch
(ザウアーミルヒ) |
Suurmilch
(スールミルフ) |
酪農家 | Milchbauer
(ミルヒバウアー) |
Milchpuur
(ミルフプール) |
鮮度 | Frische
(フリッシェ) |
Frischi
(フリッシ) |
チーズ職人 | Käser
(ケーザー) |
Chäser
(へ―セル) |
天然素材 | natürliche Zutat
(ナテュアーリヒェ・ツータート) |
natürlichi Zuetat
(ナテュルリヒ・ツエタート) |
熟成する | reifen
(ライフェン) |
riife
(リーフェ) |
週 | Woche
(ヴォッヘ) |
Wuche
(ヴッヘ) |
参考ホームページ
NPO法人スイツァランド・チーズ・マーケティング社オフィシャルサイト
スイス連邦外務省オフィシャルサイト:スイス料理
https://www.eda.admin.ch/aboutswitzerland/de/home/gesellschaft/schweizer-kueche/kaese.html
エメンターラーオフィシャルサイト
ル・グリュイエールオフィシャルサイト
https://www.gruyere.com/de/homepage
アッペンツェラーオフィシャルサイト
https://www.appenzeller.ch/de/
テット・ド・モワンヌオフィシャルサイト
https://www.tetedemoine.ch/de/
ワールドチーズアワードオフィシャルサイト
https://gff.co.uk/awards/world-cheese-awards/
スイス生まれスイス育ち。チューリッヒ大学卒業後、日本を訪れた際に心を打たれ、日本に移住。趣味は観光地巡りとグルメツアー。好きな食べ物はラーメンとスイーツ。「ちょっと知りたいスイス」のブログを担当することになり、スイスの魅力をお伝えできればと思っておりますので皆様のご感想やご意見などをいただければ嬉しいです。
Comments
(0 Comments)