なぜほとんどの日本人は英語を話せないのか?
目次
日本は英語がほとんど通じないことで有名です。観光客には、たびたび、日本では英語が通じないので注意するようにと警告されます。日本では学校教育で英語をきちんと教えているのに何故多くの日本人は英語を話せないのでしょうか? 今回はその原因を探ってみたいと思います。
英語教育の欠陥
日本の学校での英語教育の主眼は、大学受験に合格することに置かれています。そのため、学校では文法を中心に学び、「読み書き」に重点が置かれています。授業で英会話の実践練習をすることは稀です。日本の英語教師の多くは、自身が英語を上手く話せない日本人であり、英語の母語話者ではありません。学校によっては、語学指導を専門的に行う外国青年招致事業(JETプログラム)に則って、外国人の外国語指導助手(ALT:Assistant Language Teacher)を招致しているところもありますが、残念ながら、この制度では、指導助手自身の指導能力についてはほとんど顧慮されていません。JETプログラムは教員の資格を必要とせず、完璧な発音を身に付けていることだけが求められます。そのため、せっかく外国語指導助手を導入しても、単に教科書を棒読みするだけというケースもあります。
英語を話すことへの苦手意識
多くの日本人は、自身の英語力を過小評価するきらいがあるので、英語を話す勇気をなかなか持てません。なので、本当は英会話力を磨く絶好のチャンスとなるはずなのですが、英語で話さなければならないようなシチュエーションをすべて避けてしまいます。日本には多くの「英会話学校」があり、そこでは外国人教師と英会話のレッスンができます。しかし、英会話学校においても教師の教育能力についてはあまり重視されておらず、たいていは英語の母語話者であればOKとされています。来日したばかりの外国人にとっては、多くの場合、英会話学校教師は、否応なしに仕方なく就く職業の1つでしかありません。というのも、来日したての頃は日本語の知識も限られているため、他の職業に就くことがほとんど不可能であるためです。
発音の問題
日本語はとても音の少ない言語であるので、英語の多彩な音は日本人にとって馴染みのないものです。そのため、これらの音を聴き取ることができず、また自身で発音することもできないのです。よく云われるのが、LとRの問題です。日本語には英語のLとRの中間のような混合音しかないため、日本人には「road」と「load」の違いを聞き分けるのが非常に困難となります。さらに、日本語は音節言語です。「N」を除くすべての子音は母音とセットになっています。
このように、日本人が英語を習得するためには多くの障害が存在することをお分かりいただけると思います。それに加えて、日本語と英語はそもそも全く異質の2つの言語であるので、日本人にとって英語がヨーロッパ人よりも難しく感じられるのは、ある意味当然のことなのです。日本人の英語問題を解決するためには、英語教育のコンセプトを一から見直す必要があるのではないでしょうか。生徒に英語を話すこともきちんと教え、英語を話すことへの苦手意識を取り除くことです。
あなたはどのような英語の授業を受けましたか?
五月ウサギです。ドイツで生まれ、8年前に日本に来ました。ドイツ人から見た日本の面白いところ、不思議なところをブログで紹介しています。記事はドイツ語・日本語両方で上げていますので、読み比べてみるのも面白いと思います。取り上げて欲しいテーマがあれば、ぜひコメントで教えてください。
Comments
(6 Comments)
英会話は確かに非常に難しいです。発音の仕組みが日本語と全然違いますし、複雑ですから。何回聞いても聴き取れませんし、こちらの発音も通じない事が少なくないです。色々努力はしてますが。例えばroadはウォード、loadはロードと発音して使い分ける等です。でも聞き分けは辛うじて文脈で判別してるだけです。
また私の慣れの問題があるとは思いますが、英語話者はみな早口だと思います。頭が追いつきません。
私は英会話で致命的で深刻なトラブルに発展した経験もした事もあります。ですのでそれ以降は極力会話を避け筆談です。その方が遥かに間違いがなく効率もいいと感じてます。(その際に私は筆記体なのですが、英語圏ではあまり筆記体を使わないと知って驚きました。ドイツ語圏は筆記体を使いますか?)。今はスマホの翻訳アプリに頼ってますが。
ニュージーランドのマーオリ語なら意味は分からないですけど、発音の仕組みが日本語とよく似てるので簡単に聴き取れます。マーオリ語を学ぶ時なら英語の時の様に聞き取りと発話で苦労はないでしょうに。
コメントありがとうございます。ドイツでも筆記体はあまり使いません。学校で学びますが、その後はあまり使う機会がないです。
トラブルを避けたい時は筆談を利用するも一つの手ですが、練習しないと英会話が上手にならないので、完全に会話を避けるのはあまりお勧めできません。
不安を感じるようでしたら、まずは間違っていても大丈夫な環境で練習をするのはいかがでしょうか?
翻訳アプリも原本をアプリが翻訳しやすいように書かないと誤訳が発生しやすいのですので、気を付けてください。
マーオリ語についてはあまり詳しくないのですが、基本的に脳はすでに覚えているものに近いものは覚えやすいと感じますので、そのような印象になるではないかと思います。
よろしくお願いいたします。
日本人が英語を話せない理由なんて1つしかないと思ってて、はっきり言うと英語を使う機会が無いからです。
英語圏に興味を持つ人、英新聞を読みたい人、純粋のスキルとして身に付けたい人なども一定数いますが、そういった人たちは独りでに英語力を身に付けていきます。しかしそうではない大多数の日本人にとって、英語が必要に迫られる機会そのものがありません。
私も学生の頃は将来英語が大事だと散々言われてきましたが、実際社会に出てから10年以上経ち、知人も含め仕事に英語を用いている人をほとんど見ません。日本の中には英語で海外とやり取りする仕事の方もいらっしゃるはずですが、ごく一握りでしょう。私自身、ほんの数回だけ海外の業者と英語のメールをやり取りしましたが、それすら文章整形に多少時間は取られるもののネット翻訳で十分事足りました。現状の日本では、日本語だけで生活圏が完結していて、英語が趣味の域を出ないのです。
もちろん教育も問題が無いとは言いませんが、しかしどれだけ優れた教育を施されたとしても、その後5年10年と英語を使う機会に恵まれなければ錆び付くものではないでしょうか。
日本全体の英語力を上げようとするなら結局のところ、例えば英語力が明確に賃金に大きく貢献するような企業が今後増える等、英語が真に活用される土壌が出来上がっていかないと困難に思えます。しかし現状では、英語力による海外との取引を明確に収益に繋げるられるようなビジネスモデルを持つ企業が国内にどれだけあるのかと思うと、なかなか厳しいように思えます。
コメントありがとうございます。私はドイツ人ですが、英語を使う機会がない生活を想像できません。ネットの多くの情報は英語ですし、海外の方とコミュニケーションを取るにも必要です。日本語の勉強にも英語が必要でした。自分の母国語より英語の教材が大変多いからです。英語をできるととても便利で、仕事以外でも毎日英語を使っています。ドイツ語だけで生活圏が完結すると考えるとかなり世界が狭く感じます。
外国語は確かに使わないと忘れて行きます。正しい間違った教育で使えるようにならないのであればそもそも使うこともないと思います。教育のせいで英語に対する恐怖感を持っている日本人もいる印象を受けています。一旦英語を使えるようになれば、それで世界が広がることに気づけるよ思います。英語の便利性に気づけばわざと英語を使う機会を作らなくても自然と使うことが増えると思います。
とは言ってもそれはドイツで育って、子供のうちから外国と触れ合う機会が多かった私の経験を元の話しているので、日本で育った方々の意見が異なるも分からなくもないです。
逆に私もドイツの事情を知らないもので、伝わりにくい部分があれば申し訳ありません。
日本に限った場合、とてつもない数の娯楽や、コミュニケーションの場が存在します。あまりに多すぎて時間が足りない程です。
時間が足りないのは日本人が仕事をし過ぎているからではないかと誤解されそうですが、そうではありません(確かにそういった人も一部で存在している事は昔から社会問題となっていますが)。例えば丸一年間、一切仕事をせずに過ごしたとしても、とても全てを楽しみきれない位には娯楽が溢れていて、それらは全て日本語の生活圏の中で常に供給され続けています。
私の感覚では、供給過剰な日本語の生活圏はあまりに世界が広すぎて、それだけで手一杯なのです。日本には存在しないものも、世界には沢山あるはずだとは思っています。しかし、それらに触れる余裕も、必要性も、なかなか無いのが実情です。
教育が良くないから恐怖心を与えられているという部分もあるとは思います。ただし、その問題が解消されれば、皆が英語の世界に目を向けてくれるのかと言われると、そうではないように思えています。
一方で日本では、働き手の賃金が長年伸び悩むという社会問題を抱えています。今はまだほとんどありませんが、英語が使える人は賃金が上がるという職場が今後もっと増えることがあれば、自ら英語を学びたがる日本人は増えていくと思います。本人の意思さえあれば、学ぶことのできる環境は数多く用意されていると思いますので。
島国文化ならではの問題点なんですよね。
世界にも楽しい事が沢山ある事がわかっていても触れる余裕が無い。必要性を感じる事も無い。
その背景として「時間・コスト」の壁があると思われます。その次に来るのが「言葉」「環境」の壁ですね。乗り越えるべきハードルが多過ぎるのです。
これが大陸文化の人にとってはハードルが低いはずなんです。「時間・コスト」なんて気にすることでないですね。「言葉」は英語で十分です。「環境」は慣れれば済む話です。
このハードルさえクリア出来れば日本人だって、もっと世界に目を向ける事が出来るはずなんですが…
隣国に日帰りで数千円で行けるのと、数万円で行けるのとでは話が変わってきますよね。
日本人が海外へ行くのに躊躇するのも理解出来ます。
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